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11:00発、東西線

2022年12月24日 22:39

 12月24日11:00発、地下鉄東西線。電車は今のところ目立ったトラブルもなく、平常通り運行していた。

 山田力弥は12月24日11:00発東西線上り電車の2両目に乗車していた。吊革につかまった彼はいつも通り、ある男を思い出して怒りを募らせ、拳を握ったり開いたりしていた。
 西園寺翼。あの野郎、もし見かけたら絶対殴ってやる。
 殴ってやらなければ気が済まないと思っていたし、自分には殴る資格があると思っていた。山田力弥には二つ下の妹がいた。歳が近いわりに仲のよい兄妹で、力弥は妹をとても可愛がっていた。誕生日には必ず事前にさりげなくリサーチしたプレゼントを贈っていたし、勉強も教えたし、ディズニーランドにも連れていったし、よく一緒に原宿や渋谷に行き、あれこれ買ってやった。妹も兄によく懐いていたし、力弥は妹が可愛くて仕方がなく、妹から「私、結婚しないでお兄ちゃんと一緒に暮らす」と告白される妄想をしていた。
 ゆえに山田力弥は西園寺翼を憎悪していた。西園寺翼は妹が初めてバイトした喫茶店の先輩バイトだったが、妹は力弥からすれば一体どこがいいのか分からないこの男のことを好きになってしまったのだ。妹は昨年の今日、勇気を出して西園寺に告白し、断られ、そのショックと気まずさからバイトを辞めてしまった。山田力弥は西園寺翼が許せなかった。あんなに可愛がっていた自分を押しのけて妹の心を奪ったのはバイト先の先輩という立場を利用しての演出で騙していたからに違いなかったし、そうまでして妹を惚れさせておいて振ったということは、純真な妹を振り回して遊んでいたという証拠である。
 だから山田力弥はまだ覚えている。一年前の今日、泣きながら帰ってきて部屋に閉じこもってしまった妹の背中を覚えている。西園寺翼。殴る。もし見かけたら絶対に殴る。
 バイト先に行ってみたこともあったが、西園寺もほどなくして辞めてしまっており、バイト以外では妹と接点もないため行方が分からなかった。だがどこかにいるはずだった。行動範囲がかぶっているなら、どこかで必ず西園寺を見かける日が来るはずだった。山田力弥は人混みに出ると周囲を見回して西園寺を捜す癖がついていた。もちろん電車に乗っている今も、車両内のどこかにいないかと見回している。
 西園寺翼。乗っていないだろうか。もし乗っていたら。見つけたら絶対殴ってやる。その場で即殴って、土下座して謝らせてやる。

 西園寺翼は12月24日11:00発東西線上り電車の2両目に乗車していた。ドアに寄りかかっている彼はいつも通り、ほのかな期待と不安を抱いてある女性の姿を捜していた。
 乾美紀さん、というらしい。あの人。最近見なくなってしまった。今日は乗っていないだろうか。
 西園寺翼は面食いの傾向があり、また多分に恋愛体質でストーカー気質のところがあった。彼は人生の折々で様々な女性に憧れた。小学三年生の頃、産休に入った担任の代理で臨時に赴任した先生を好きになった。六年生の頃、ゲームセンターで見かけた別の学校の女の子を好きになった。中学二年生になって行き始めた美容院の、一番若い美容師さんを好きになった。彼の好みは非常に分かりやすく、いずれも「好みの差はあれど、誰もが頷く程度」の美人ばかりだった。西園寺翼は恋愛を始めると視野が狭くなり、前のめりになった。小学校の先生には早々に告白し、笑顔で断られても毎日くっついて数日に一日、告白を繰り返した結果、どこにどう伝わったのか、親から「先生も迷惑しているでしょう」と叱られる羽目になって恥ずかしい思いをした。六年生の頃好きになった女の子の姿を見るためゲームセンターに通い続け、毎日暗くなるまで居座り続け、店内をきょろきょろしながら徘徊するにもかかわらず100円たりとも使わないので、とうとう店員に顔を覚えられ、親に連絡がいった。中学の頃、美容院に行く間隔が一ヶ月から二週間に、二週間から一週間になり、その頃には店側も事情を察しており、翼の担当には店長が出てくるようになった。
 高校、大学と幾人もの女性にそうやって恋い焦がれてきた西園寺翼の現在の恋愛対象は東西線の車内で見かけた「乾美紀さん」になった。まったく接点がなく、ただ同じ電車に乗っていただけの相手の名前をなぜ知っているかというと、背後から彼女の携帯を覗き込み、SNSでのやりとりを見ていたからである。
 だが今回ばかりは、西園寺翼を躊躇わせる事情があった。乾美紀さんは左手の薬指に結婚指輪をしていたのだ。これは彼の恋愛にとって初めての事態だった。既婚者。もう誰かのものなのだ。常識的に考えれば無理だ。不倫になってしまう。いや、自分の気持ちは本物だ。なんとか夫を捨てさせて、こちらに来てくれるよう仕向けられないか。
 西園寺翼は車両内を見回している。乾美紀さん。乗っていないだろうか。もし乗っていたら。見つけたら絶対に声をかけて、デートに誘う。連絡先を訊く。その後どうなるかは知らない。絶対誘う。

 乾美紀は12月24日11:00発東西線上り電車の2両目に乗車していた。正確には二両目と三両目の連結部に立って二両目の車両を睥睨していた。彼女は最後尾から乗り、連結部を経由してここまで進んできていた。彼女は大きめのスポーツバッグを持っており、中には自作の酸化銅テルミット爆弾が入っていた。
 内村悠佳。絶対殺す。こいつで吹っ飛ばしてやる。周囲に他の乗客がいるが構わない。これを爆発させたら車両がどうなるかも分からない。だがどうせ私も死ぬのだ。まとめて吹っ飛ばしてやる。思い知らせてやる。
 乾美紀は内村悠佳に殺意を抱いていた。乾美紀は現在無職であり、夫とも別居中だった。貯金は少なく、不眠に悩まされていた。彼女からすれば、原因はすべて内村悠佳にあった。乾美紀はある一流企業に勤め、同期で一番の出世頭と目されていた。部内で初の女性SC(課長)になるはずだった。だが中途入社の内村悠佳が現れると、乾美紀に向けられていた評価がまるごと内村悠佳に移った。美紀は愕然とした。どうみても不当だった。内村悠佳は確かに要領がよく、仕事もそつなくこなすが、リーダーシップや独創性は美紀に比べるべくもなかったし、学歴も下だったし、どうでもいいことだが不細工だった。だが狡猾だったのかもしれなかった。まともに勝負すれば美紀に到底敵わないことを知って、社内で悪い噂を流したりしたのだろう。人付き合いだけはまめで、不細工なくせにおっさん役員に愛想をふりまき、ついでにいつもスカートだ。そういうやり方をしたに決まっていた。そして所詮、日本の会社はセクハラじじいが支配する性差別社会だ。仕事ができるがはっきりものを言って近寄りがたい自分より、適度に隙があり、お愛想を振りまき、なんならセクハラも「受け入れてくれ」そうな内村の方がじじいどもの覚えがいいに決まっている。
 乾美紀は日本の会社組織に染みついた性差別とセクハラ体質、何より能力より「お気に入りの子」かどうかで従業員を評価する非合理性に絶望し、さっさと退職した。次はもっとまともな会社にしようと思って就職口を探したが、美紀が自分の希望を述べるとどこの会社も彼女を切った。乾美紀は絶望して酒を飲むようになり、夫にもきつく当たらざるを得なくなり、貯金が100万を切る頃、夫は行き先を告げずに出ていった。勤め先に行ったら非常識だと騒がれて出入り禁止になり、危うく警察沙汰にされるところだった。すべてあの女の、内村悠佳のせいだった。仕事もない。貯金もそろそろなくなる。夫にも逃げられた。失うものはない。だがただ死ぬのは嫌だった。自分がこんなに苦しんで死ぬのに、内村悠佳がそのことをまったく知らずに幸せな人生を続けると思うと吐き気がした。
 思い知らせてやなければならなかった。だが内村悠佳はどこかよそに異動になったらしく、会社の周囲で張り込んでも全く現れなくなった。
 絶対見つけてやる。
 乾美紀は内村悠佳を捜し始めた。幸い相手はSNSをやっていたため、どこに住んでいるのかのヒントは掴めそうだった。内村は自分のことをほとんど書かず、断片的な情報しかなかったが、美紀はそれを頼りに候補地を次々潰していった。だが内村はどこにもいなかった。日本中を潰したのにどこにもいなかった。残るはここだけであり、憎き内村はもうすぐ見つかるだった。
 絶望する乾美紀に福音がもたらされた。内村のSNSに新たな記述が現れたのだ。しかもいきなり重要な情報が入った。地下鉄東西線。しかも11:00頃に乗ることがあるらしい。
 やはり近くにいたのだ。灯台もと暗し。乾美紀はテルミット爆弾を携え、連結部から二両目を窺っている。乗っているはずだ。もし乗っていたら。見つけたら近付いて、これで吹っ飛ばす。車両ごと。私を不当に切り捨てた社会ごと吹っ飛ばす。

 内村悠佳は12月24日11:00発東西線上り電車の2両目に乗車していた。彼女は座席でスマートフォンを見ていたが、時折なんとなく顔を上げて周囲を窺った。この時間の電車なら、あのおばあちゃんがいるかもしれない、と思ったのだ。親切なあのおばあちゃん。今日は乗っていないだろうか。
 内村悠佳は1ヶ月ほど前、この電車内でスマートフォンを落としていた。そのことに気付かず危うくそのまま下車しそうになったところで、白いワンピースを着た上品なおばあちゃんが声をかけてくれたのだ。彼女はスマートフォンを拾ってくれるだけでなく、悠佳の鞄の下部が開いていることも教えてくれた。だが急いでいた悠佳は「あ、すみません」と言って小さく会釈しただけで、そのまま下車してしまった。
 すみません、ではなく、ありがとう、と言わなければならなかった。内村悠佳はそのことがずっと気になっている。こちらはあの時、スマートフォンをなくしていたらとてもまずいことになっていただろう。助けてもらったのに。あのおばあちゃんは気を悪くしたのではないだろうか。そんな人には見えなかったが、礼一つないのか、と失望させたかもしれない。私が迷惑そうにしていた、と勘違いしていたらどうしよう。そのことがきっかけで、彼女が他人に親切にするのはもうやめよう、と考えてしまったらどうしよう。
 まさかそこまではない、と思いつつも、内村悠佳は気にしている。そして彼女をまた見たらあらためてちゃんと礼を言えるよう、この時間の電車に乗ると周囲を見回す癖がついている。あのおばあちゃんは乗っていないだろうか。もし乗ってたいたらすぐ声をかけて、あの時のお礼をちゃんと言う。

 12月24日11:00発、東西線上り電車の2両目。
 山田力弥は拳を握って車両内を見回していた。
 西園寺翼はそわそわしながら左右を見ていた。
 乾美紀は殺意に燃えて連結部分から中を窺っていた。
 内村悠佳は座ったまま周囲を確認していた。



 12月24日11:00発、地下鉄東西線上り。各電車は目立ったトラブルもなく、すべて平常通り運行した。
 山田力弥の乗る東京メトロ東西線上りは、平常通り終点の中野駅に到着した。
 西園寺翼の乗る京都市営地下鉄東西線上りは、平常通り終点の太秦天神川駅に到着した。
 乾美紀の乗る札幌市営地下鉄東西線上りは、平常通り終点の新さっぽろ駅に到着した。
 内村悠佳の乗るMRT(シンガポール地下鉄)東西線上りは、平常通り終点のJoo Koon駅に到着した。

 西園寺翼が地元である京都に帰っていることを知らなかった山田力弥は今日も彼を見つけられなかったことに落胆したが、彼の携帯に妹からのメッセージが入った。「彼氏ができました!」と、はにかんで男性と並ぶ妹の画像が表示された。
 山田力弥はため息をつき、もうやめよう、と思った。妹は新しい恋が実り、幸せなのだ。今更西園寺をどうにかしても、彼女が知れば困るだけだろう。

 乾美紀が仕事を辞め、復讐相手を捜して全国を旅していることを知らなかった西園寺翼は今日も彼女を見つけられなかったことに落胆したが、同時に安堵していた。もういいだろう。やめなければならない。相手は既婚者だ。自分の恋愛体質にももう懲り懲りだった。夢中になって追いかけて、恥しかかいていない。
 彼が携帯を見ると、いつも見ているサイトに出ているゲームの広告が気になった。そこで彼に向かって元気に微笑んでいる獣耳の美少女が、なぜかたまらなく可愛らしく見えた。西園寺は広告バナーをタップし、40秒後、胸の高鳴りを抑えながらそのゲームをインストールしていた。

 内村悠佳がシンガポール支社に異動になっていることを知らなかった乾美紀は札幌の本社近くに相手の姿がないことを不思議がっていたが、改めて確認した内村のSNSに「シンガポール」の文字を見つけて脱力し、床にへたりこんだ。海外にいたのだ。自分はいったい何をやっていたのだろうか。
 周囲の視線を気にしてすぐに立ち上がった乾美紀の腹が盛大に鳴った。お腹がすいている。だがあまりお金がない。私は何をやっているのだろうか。仕事も探さずに。
 バッグの中身が急に恐ろしくなった。乾美紀は譲ってもらった座席に座り、膝の上のバッグを隠すように抱えながら、とりあえず携帯を出して求人サイトをタップした。

 内村悠佳は立ち上がった。彼女は見つけていた。まさに、あの時のおばあちゃんだ。彼女は躊躇わずに近付き、笑顔で声をかけ、自己紹介をした。「Thanks for the other day.You've been great help to me!」
 お辞儀をして下車した彼女の携帯が震えた。日本にいる恋人からメッセージが来ていた。


 
Merry Christmas!
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【ほぼ同時発売】新刊と文庫版が出ました!

2022年09月09日 05:00

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新刊『小説の小説』が出ました!
「小説という形式そのものをいじって遊ぶ」メタ・フィクションの作品集です。
収録されているのは

「本文vsルビ(他)の推理合戦」
「読者vs単語のイメージ、の異世界転生ファンタジー」
「1文字も書かずに完成した小説」
「小説が消えていく小説」

の4本。
しかも紙版には紙版ならでは、電子版には電子版ならではのおまけ短編つき。
紙版を買うか、電子版を買うか。ちょっと中身が違います。

「小説」という形式の限界に挑戦する、「なんだこれは!?」という爆笑短編集です。
どうぞよろしく。


そして『育休刑事』の角川文庫版も発売です。
捜査一課初、男性で育休をとった刑事が赤ちゃん(作中で成長する)と一緒に、
育児経験を活かして事件を解決する本格育児警察小説です。
男性育児のリアルをお楽しみください。

夏休みにぴったりの新刊です!

2022年07月12日 17:38



新刊『夏休みの空欄探し』が発売中です。
これまでで最も青春度の高い、夏休み冒険ボーイ・ミーツ・ガール小説になりました。

高校2年の夏休み、地味オタクの通称成田頼伸(ライ)は、モスバーガーの隣のテーブルでパズルにとりくんでいる姉妹に出会う。クイズ・パズル研究会会長のスキルで姉妹にヒントを送ると、「さる富豪の『遺産』の在処を遺した暗号を解くのを手伝ってほしい」と頼まれ、姉妹と共に暗号に挑むことに。
偶然出会ったクラスの人気者、成田清春(キヨ)も仲間に加え、暗号を解きながら日本中を旅するうちに、別世界の人だと思っていた清春とも徐々にお互いを理解し、姉妹とも距離が縮まっていく。とびきりの夏休みの果てにある暗号の真実は――

登場人物

成田頼伸(なりた らいしん/ライ)
本編の主人公で高校2年生。会員2人だけのクイズ・パズル研究会の会長。
地味で目立たず、皆とワイワイやるのが苦手なオタクで、クラスでは(「成田」といえば下の清春の方なので)「じゃない方」と呼ばれているが、パズルが得意で博識。清春に対しては「別世界の人」だと思っている。

成田清春(なりた きよはる/キヨ)
頼伸の同級生で、クラスの中心にいる人気者。「成田」といえばこちら。社交的でお洒落なイケメンで、ダンスが得意。頼伸に対しては風景程度に思っていて名前しか知らなかった。

立原雨音(たちはら あまね)
暗号を追う立原姉妹の姉の方。大学生。眼鏡かつ黒髪ロングで知的な印象を与える美人だが、「印象」だけで本人は抜けている。大抵のものが苦手。

立原七輝(たちはら ななき)
暗号を追う姉妹の妹の方。高校1年生。大人しいがパズル好きで、のめりこむと動かなくなるので「地蔵」と呼ばれたりしている。

「役に立たない」知識ばかりのオタクと、「役に立つ」社交スキルの人気者。
2人が手を取った先に見えるものとは。
一緒に旅行に行ける気がする、夏休みにぴったりな1冊になりました。よろしくお願いいたします。







悪魔の欲しいもの

2021年12月24日 23:27

 寒い。
 とうとうここまできてしまったな、と、明雄は腰をさすりながら溜め息をついた。43歳、独身。貯金なし。職なし。慢性的な腰痛あり。携帯電話は先月解約して、そしてとうとう、家まで失った。家賃の滞納が4ヶ月目になり、もう出ていけ、と言われたのだ。本当はあと2ヶ月くらいなら居座ることもできたのかもしれないが、出てきた。行くあてはない。財布には札で14000円と、小銭で701円。何度数えてもそれ以上には増えない。全財産だった。
 これからどうすればいいのだろう。役所に行って生活保護? 無理に決まっている。窓口にいるのはどうせまたあの男だ。俺の年齢だけを聞き、「ならまだ働けますね。対象になりません」の一言で追い返した。だがこの腰ではできる仕事は限られている。日雇いですぐ金がもらえるような仕事はすべて肉体労働だ。サラ金から借りられるだけ借りれば数ヶ月は食いつなげるだろうか。だが返すあてがない。数ヶ月の後に、もっとひどい地獄になるだけだ。
 明雄は公園のベンチに座り、とりあえず身のまわりのものだけを詰めてきたバッグを置いた。残り少ない金をなるべく減らさないようにするためにはここでホームレスになるしかなかったが、路上生活のやり方は何も知らない。しかもこの季節だ。まわりを見ても、暖かいねぐらなどなさそうだった。
 プラスチック製のベンチは冷えきっていて、尻から冷気が上がってくる。着古してすり切れたコートは寒く、寒くてたまらないのに腹まで減っていた。どうにかしなければならなかったが、体が固まっていて立ち上がれなかった。
 どうしてこうなったのだろう。
 明雄は考える。俺はどこで間違ったのだろう。
 敷地の外から子供の声が聞こえる。はしゃいでいる。親と喋っている。クリスマスソングを大声で歌い、何度も同じ場所で間違えるので、そのたびに親が笑いながら「ちがうよー」と言っている。また間違える。ふざけて、わざと間違えているのだろう。楽しそうだ。
 子供の頃は俺だってそうだった、と明雄は思う。普通の幸せな家庭だった。クリスマスにはケーキとフライドチキンを食べたし、プレゼントももらった。両親には人並みに愛されていたと思う。いい子だったはずだ。優等生ではなかったが、素行が悪いわけでもなく、学校の成績もよかった。
 それがどうしてこうなった。
「……やっぱり、あそこか」
 明雄は呟く。あの日だ。25年が経った今でもはっきり覚えている。大学受験の日。あの時、もう少し自分が賢かったら。


 25年前、明雄は受験生だった。成績はよく、第一志望は隣県の国立大学だった。模擬試験の結果でも、ある程度の余裕をもって受かるはずだった。
 だがその大学の二次試験の当日、「あれ」が起きた。
 国道での交通事故だった。明雄自身が直接巻き込まれたわけではない。だが乗っている高速バスが立ち往生した。事故の規模が大きく、車はいつまで経っても全く動かなかった。かなりの余裕をもって家を出たはずなのに、試験開始時刻がどんどん迫ってきた。そこでようやく運転手からアナウンスが流れた。「出発したバス停に戻ります。料金は返金いたしますので」
 戻る。そう聞いた明雄の頭の中が真っ黒になった。こんなに待ったのに、ここから戻る。それではもう絶対に間に合わない。
 明雄は手を挙げ、バスから飛び降りた。この道をまっすぐ走れば近くの駅に着くはずだった。試験会場まで電車でどれくらいかかるのかは分からないが、スタート地点に戻されるよりはましだと思った。
 それが間違いだった。駅までは明雄が思っていたよりずっと遠く、渋滞する道路の脇をどれだけ走っても、辿り着く気配がなかった。携帯電話など持っていない頃だった。現在地も分からず、ただ腕時計の針が刻限に近付いていくのを見て、泣きながら歩いた。タクシーは通らなかったし、呼べそうな公衆電話もなかった。そもそもこんな場所で呼んだところで、来てくれるまで何十分もかかっていただろう。
 結局、明雄は試験に遅刻した。会場には一科目目の途中になんとか辿り着けたが、半分しかない残り時間では、ろくに問題を解けず、空欄の数を数えるだけで、ひどい結果であることははっきりと分かった。絶望したまま、汗だくのまま残りの科目を受けた。体が冷えていて、家に帰ったらすぐに風邪をひいた。


 結局、それが分かれ道だった。第一志望にはもちろん落ちていて、浪人する余裕もなく、選択肢の少ない田舎では、はるかに偏差値の低い滑り止めに行くしかなかった。学生の騒ぐ声で講義が成り立たないような大学で、卒業はしたものの、就職氷河期と言われた当時では、ただ正社員であるというだけの就職口すらなかった。だがいつまでも仕送りをもらってはいられない。派遣会社に登録し、働き始めた。給料はぎりぎりで、何のキャリアもできず年齢だけが上がり、しかし奨学金は返済を迫られ、少しでもいい給料を求めて職を転々とした。それでも一向に金はたまらず、睡眠時間を削ればなんとかなる、と考えて夜間のバイトを入れ、ダブルワークをした。そこで壊れた。一時的な腰痛のはずがいつまで経っても治らず、仕事を入れられる日が少なくなった。貯めていたはずの貯金は、ただ生活しているだけであっという間になくなった。
 地面にべったり張りついているぼろ靴の甲を見ながら、明雄は思う。あの日。第一志望に受かっていれば。ちゃんと試験を受けられていたら。金を節約しようと高速バスなど使わず、前日にホテルでも取っていたら。事故の直後に降りてタクシーを探していたら。今頃はもっとましな、別の未来を過ごしていたはずなのに。
「景気が悪そうだな」
 いきなりすぐ近くから話しかけられ、明雄はぎくりとして顔を上げた。大柄な男が立っていた。
 男は明雄を見て微笑んだ。「メリー・クリスマス」
「……ああ、どうも」
 ホームレスはまず身の危険を心配しなければならないと聞く。明雄は身構えようとしたが、それより先に腹が鳴った。力が入らない。
「お前に1つ、プレゼントを持ってきたんだが。受け取るか?」
 唐突な話に、明雄は眉をひそめた。
「いや、残念ながら私はサンタクロースじゃない。あれは子供専用だ。私は悪魔だよ」男はにやりと笑った。「まあ、モノの形のプレゼントしか出せないサンタクロースごときと一緒にされるのも困るがね。あいつらはソリに乗らなきゃ空も飛べない。そりソリもトナカイに引いてもらう有様だ。たいしたことないやつらさ。空ぐらい自分で飛べばいい。こういうふうに」
 男の背が伸びた。背が伸びたのではなく、地面から足が離れ、20センチほど浮いているのだった。男はそのまま飛び上がり、燕のようなスピードで公園の周囲を一周すると、枯れ葉を巻き上げながら明雄の前に着地した。
 男は言った。「お前の望みを1つだけ叶えてやる。どうだ」
 明雄は目の前で起こっていることが信じられなかったが、信じられないまま、無意識のうちに男の言葉に飛びついていた。本当なのだろうか。もし本当なら。俺はやり直せるのだろうか。
「なるほどな」男はそれだけで明雄の願いを知ったようだった。「いいだろう。25年前のあの日に戻してやる」
 明雄は目の前がぱっと開けたように思った。まさか、本当なのか。
「過去を変えてこい」男はにやりと笑った。その笑い方は、間違いなく悪魔のそれだった。「再び現在に戻れば、過去を変えた結果が反映されているはずだ。せいぜいうまくやって、人生をやり直してみせろ」
 悪魔が言うと、明雄の目の前が白くなった。


 気付くと、明雄は田んぼの真ん中を走る幹線道路の脇に立っていた。さっきまでとは空気が違う。音が違う。道路にずらりと停車している車の形も違う。これはみんな昔のやつだ。まるで夢を見ているようだが、明らかに現実だった。本当なのだ。この道は覚えている。実家からバスに乗って通った。それにしても道が混んでいる。
 すぐに思い出した。あの日だ。あの渋滞だ。ぐるりと見回す。車の列はどこまでも続いている。そしてむこうに小さく、立ち往生しているバスが見える。あれだ。車体のデザインが懐かしい。あのバスだ。明雄は走った。バスのドアが開き、黒いバッグを抱えた青年が歩道に飛び降りた。あれだ。25年前の自分。
 青年は歩道を走り始めた。全力で脚を動かし、それに追いつく。「おいっ、そこの」
 自分、と呼ぶわけにはいかない。「そこの君。急いでるんだよな?」
 青年は立ち止まって振り返った。焦りと不安で歪んだ顔をしていた。今とぜんぜん違う。25年前の自分はこんな顔をしていたのだ。そういえば、自分の昔の写真などほとんど見たことがなかった。
 こちらから見れば自分自身でも、相手から見れば怪しいおっさんだろう。明雄は相手の警戒を解くため、とっさに考えて大学名を言った。「〇〇大学を受けにいく途中なんだろ? 歩いて駅まで行くのは無理だ。君が思っているよりずっと遠い。間に合わないぞ」
 不審に思ったはずだった。だが当時の自分の心理はよく覚えている。藁にもすがる思いだったはずなのだ。
「そうなんですか?」予想通り、青年は泣きそうな顔になった。「どうしよう」
「車を捉まえよう」明雄は青年のコートを掴んで引っぱった。「バスに戻っても間に合わない。ここはタクシーも通らないんだ。駅まで乗せてってくれる車を……いや」
 後ろからエンジン音がした。バイクだ。「あれだ」
 明雄はバイクの正面に飛び出して無理矢理停車させ、この子を駅まで乗せてってくれ、と頼み込んだ。「頼む。受験生なんだ。人生がかかってる」
 バイクのライダーは困った顔をした。「いや、でも」
「頼む」明雄は懐を探り、財布に残っている札をすべて出した。「これで頼む。どうか」
 黙って札を受け取ったライダーの後ろに青年を乗せ、背中を叩きながら、乗るべき電車を教える。「これで間に合う。いいか。落ち着いていくんだ。君なら絶対受かる。行け!」
 青年は戸惑っている。「あの、でも」
「いいから行け! 絶対諦めるな!」
 ライダーが青年の頭を叩いた。「しっかり掴まれ。飛ばすぞ」
 鼓膜を突き破るようなエンジン音をあげ、バイクが急加速して離れていく。
 明雄は叫んだ。「諦めるな!」
 後ろに乗った青年が最後に、一瞬だけ振り返ったのが見えた。
「……やった」
 明雄は歩道のアスファルトにへたりこんだ。やった。全財産を渡しちまったが、そんなものはどうでもいい。これで。
 明雄の目の前がまた白くなった。


 気がつくと、明雄は元のベンチにいた。
 悪魔がにやにやと笑いながら明雄を見下ろしていた。「やったな」
「あ、ああ……うん。ありがとう」
 明雄は頷いた。あんたのおかげだ、と言おうとして、妙なことに気付いた。
「……おい。何も変わってないようだが」
「そのようだなあ」悪魔はくくく、と肩を震わせた。
 明雄は自分の全身を確かめた。腰は相変わらず痛い。服も靴もぼろのままで、荷物はバッグ1つ。しかし財布を出すと、25年前に渡した札だけがなくなっていた。
「……なあ、おい。どういうことだ」急速に不安がこみ上げてくる。「過去は変えたぞ。こっちに戻ったら、その結果が出ているんじゃないのか?」
「出ているさ。すでに。お前自身は何も変わらなかったようだがな」
「どうしてだ」明雄は立ち上がった。「俺は確かに、あの日」
「お前の間抜けさには呆れるよ」
 悪魔がにやにや笑いながら手を挙げると、空中に人の顔の映像が浮かび上がった。「ここから過去を見ていたがね。……お前、一体誰を助けたんだ?」
「……何」
 浮かび上がった顔ははっきり覚えている。過去で助けた青年だ。「だから……」
「お前が助けたのはこいつだ。……だが、こいつは誰だ?」
「誰、って……」
 まさか、と思いながら顔を見る。この顔は。まさか。
「……分かったようだな。お前が助けたこの子は、25年前のお前じゃない。たまたま同じバスに乗っていて、お前と同じ状況になっていた別の受験生だよ」悪魔は苦笑した。「せっかく悪魔に願いを叶えてもらって、過去まで行って、お前は赤の他人を助けたんだ。しかも、過去のお前からすればライバルになるやつを」
 両手を広げて、悪魔は明雄を見下ろす。
「驚いたよ。これまでたくさんの人間の望みを叶えてきたが、お前ほど間抜けな奴は見たことがない。まさか自分の顔を間違えるとはね!」
「だって、あの時……バスから、降りてきたから」
「ああ、そうだ! だがよく顔を見ていれば分かっただろう? 過去のお前はあの時とっくにバスを降りていて、少し前を必死で走っていたよ。可哀想に」
「そんな……」
 だが、言われてみれば思い当たることが多かった。声が違った。顔にも違和感があった。あんなコートを着ていた覚えはない。……あれは、俺ではなかった。
「ちょっと待ってくれ」明雄は急いで言った。「手違いだ。間違えた。もう一度……」
「何を言っている? 願いはもう叶えただろう」悪魔は呆れ声になった。「しかも破格の願いだ。いいか? 普通の人間には、こんないい願いは叶えないんだ。過去に戻ってやり直せたら、なんでもありだものな。だが今日はクリスマスだからな。たまにはサービスをしてやろうと思って、やってやったんだ。お前は特別だったんだ」
 悪魔の声が頭に響く。駄目だ、と言われていることぐらいは理解できた。理解するにつれ目の前が暗くなっていく。
「いいか? 普通の人間は我々と取引するチャンスなどない。まして『過去に戻ってやり直す』なんてチャンスを貰える奴なんて、宝くじどころの確率じゃない。お前はそれに当たった。これまでの人生をすべて帳消しにして、なお釣りが来るくらいの幸運だ」悪魔が明雄を指さす。「それなのに、お前は自分でそれを台無しにした」
 悪魔の言葉が脳を叩いてがんがんと響く。台無しにした。自分で。目の前が暗くなる。絶望だった。明雄の全身から力が抜ける。
 おしまいだ。本当に。残りの金もなくした。しかも、誰のせいでもない。自分のミスで。
 膝の力が抜けてしまい、明雄はベンチからずり落ちるように離れ、地面に膝をついた。悪魔に何か言おうと顔を上げたが、何も思い浮かばなかった。
 悪魔は満足げに口角を上げた。その顔もぼんやりとしか見えない。
 ……だが。
「……でも。……だって、あれは」明雄は震える声で悪魔を見上げた。「……あれじゃ、間違えても当然だろう。あんたは、わざと、間違えるように……あのタイミングで」
「だとしても、間違えたのはお前自身だ。しかも自分の顔を」
 悪魔は人差し指を明雄の眉間に突き立てた。よく見ると、その指は異様に長く、爪は尖っていた。
「ちなみに、お前が送り届けたあの青年は、ちゃんと合格したよ。本当なら諦めていたはずだったのにな」悪魔は手を叩いた。「まあ、お前があのライダーに払った金は25年前には使えない札だったわけだが、まあ、それは些末なことだ。みんな幸せになった。めでたしめでたしじゃないか。……さて、ところで。お前は今夜、どこで寝る?」
 明雄はもう何も考えられなかった。もう終わりなのだ、ということがはっきりと分かった。最後の最後で、ろくでもないものと関わってしまった。だが自分がチャンスをもらったことも、それをふいにしたことも確かなのだ。目の前の悪魔を憎むことすらできない。
 そして、絶望にも種類や格の違いがある、という、どうでもいい事実を知った。これはただの絶望より、よほどたちの悪い絶望だ。
 明雄を見下ろして、悪魔は笑った。
「いい顔だ。願いを叶えてやった甲斐があった。悪魔にとっては、今のお前のような顔を見るのが一番の楽しみなんだ」
「なんて……ひどい」
「そりゃあそうさ。悪魔だからな」
 悪魔は消えた。


 明雄は地面にへたりこんだまま、ずっと動かなかった。膝が痛くなってきたが、立ち上がる気は起きないままだった。もうこのまま死ぬしかしなかった。というより、一刻も早く死にたいと思った。苦しみが長く続くのはごめんだ。絶望し続けること自体が辛いのだ。早く終わりにしてほしい。
 どれだけの間、そうしていただろうか。明雄は呆然としていて、上から声をかけられていることに気付くまでにしばらくかかった。
「……あの、すみません」
 顔を上げると、明雄と同じくらいの年齢の男が見下ろしていた。
 目が合うと、相手の男はなぜか驚いた顔をした。「やっぱり……いや、まさか……でも……」
 何か、と言おうとしてむせた。喉が渇いて張りついている。昭雄が咳込んでいると、相手の男はそばに来て背中をさすってくれた。「大丈夫ですか? それと、いきなり変なことを伺ってしまいますが……25年前、〇〇県にいらっしゃいませんでしたか」
 明雄は顔を上げて相手を見た。当たっている。「……そうですが」
「やっぱり」相手の男はなぜか驚いている。「ではひょっとして、25年前、国道〇号線の〇〇付近で何があったか、ご記憶ですか?」
 あの道だ。明雄はあの日の日付を言った。「……その日なら、大渋滞があったことを覚えています。25年前」
「では!」相手の男は大声を出し、明雄の肩を両手で掴んだ。掴む手にかなり力が入っていた。「25年前、立ち往生したバスから降りた受験生のことを知っていますか?」
「何の話ですか」明雄は相手の勢いが怖くなった。また変なのが来た。悪魔の次は何だ。「確かに知っています。その受験生はバイクに乗せてもらって間に合ったらしい。ライダーに渡したのは偽札で、そこは申し訳なかったが」
「あなただったんですね!」
 相手の男の声が裏返っていた。「僕、僕です! その時、助けていただいたのは!」
 明雄は相手の男を見た。そういえば、たしかに面影がある。
「ああ……。よかったですね。うまくいったらしい」
「そうです! あなたのおかげです!」男は何度も頷いた。「あの時諦めていたら、いや、あのまま駅まで自力で歩こうとしていたら、まず間に合っていませんでした。そうしたら今の僕はなかった。あなたのおかげです」
 明雄はまだ、どう反応すべきか分からなかった。こんな偶然があるのか。自分のかわりに助かったあの青年が、ここに。
「あなたをずっと探していました。ずっとお礼を言いたかったんです。ありがとうございます」相手の男は地面に手をついて頭を下げた。「ずっと不思議だったんです。どうして見ず知らずの僕を助けてくれたのか。それにしても25年も経っているのに、まったくお変わりないんですね」
「それは……まあ」
「ここは寒いでしょう。お礼をさせてください」相手の男は明雄を支えて立たせてくれる。「クリスマスです。何かいいものでも食べましょう。いや、ご旅行中ですか? もしよろしければ私の家に来てください。お話ししたいことがたくさんあります」
 感激している様子の男に支えられ、明雄は歩いた。まだ状況が呑み込めてはいなかったが、好転していることは分かった。体に力が戻ってきている。だが。
 歩きながら横に気配を感じ、悪魔に囁いた。「……どういうことだ。これが偶然か? いや、そんなはずはないな」
「言ったはずだが」いつの間にか、悪魔が隣を歩いていた。「現在に戻れば、過去を変えた結果が反映されている、と」
「最初から、こうするつもりだったのか」
「さあね。……だが1つ言い忘れていた。同じ人物は2人同時に存在できない。だからもし過去に戻ったお前が25年前のお前と対面していたら、その瞬間に2人とも対消滅していただろうね。こればかりは悪魔でもどうにもできん」
 つまり、過去の自分を助けることなど、もともと無理だったということか。理解が追いついていき、明雄の頭がクリアになっていく。「……じゃあ、あんたは最初からこうやって」
 こうやって、何なのだろう。自分を助けるつもりだった、のだろうか。だが、実際に助かっている。
 悪魔はにやりとした。「クリスマスだからな。サービスだ」
「だったら、最初からそう教えてくれれば」ついそう言ってしまう。「こっちは絶望したんだぞ」
「だから、そのためさ。お前の絶望した顔はもう、じっくり見させてもらった。……言っただろう。悪魔はそれが一番の楽しみなんだ」
「……人が悪い」
「そりゃ、悪魔だからな」
 悪魔は消えた。


 その日は相手の男の家に泊めてもらった。男は裕福だった。それも明雄のおかげだという。明雄の状況を薄々察していたらしき男は、このままうちに住むか、住むところを世話させてくれ、うちの会社に就職してくれないか、と言ってくれた。明雄は丁重に断ったが、相手の男はせめてこれだけはさせてほしい、と福祉事務所やNPO法人を紹介してくれ、生活保護の申請には弁護士を同席させてくれた。窓口にいたのはあの男だったが、弁護士とNPO団体の職員を連れていくと態度が一変し、申請はすんなり通った。
 明雄は現在、生活保護を受け、腰痛の治療をしつつ就労支援を受け、職探し中である。ひとまず生活を安定させ、来年のクリスマスには、世話になった男にワインの1本も贈りたい。それが当面の目標だった。
 あの悪魔に対しては? ……まあ、礼ぐらいは言ってもいい。あまり会いたくはないが。

コミュ障の文庫版発売です。

2021年12月22日 13:32








角川文庫より『コミュ障探偵の地味すぎる事件簿』発売です。
単行本時のタイトルは『目を見て話せない』。
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みんながすんなりできていることでも、コミュ障には大変なのです。

第1話「自己紹介」!
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コミュ障藤村君が苦手なシチュエーションに次々放り込まれる日常の謎です。
よろしくお願いいたします。


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