午前3時の訪問者

2010年09月16日 22:48

アパートの2階に住んでいる。
この建物がボロなのか、どの建物でもそうなのかは不明だが、
誰かが階段を上り下りすると足音がするどころか部屋全体が揺れる。
2階の廊下も、人が歩くと足音と振動がまるまる伝わるので、
訪問者の動きは部屋の中にいても手に取るように分かる。
安普請と言えば安普請だが、
足音が近づいてきた時点で「誰か来た」と気付き、心構えができるので、
インターフォンの音にびっくりして完成間近のボトルシップを壊すとか、
思いついたリーマン予想の証明を忘れるとか、
解体中の時限爆弾の赤い線の方を切ってしまうとかいう心配がない。

ただしその一方で怖い目にも遭う。

引っ越してきて1カ月ほどしたある日の深夜、
部屋でホッジ予想の解決に取り組んでいた(嘘)俺は、
階段を上ってくる足音と振動を感じた。
足音は階段を上り、隣に住む松方さん(仮名)の部屋を通り過ぎ、うちのドアの前で止まった。
おかしいと思った。何しろ時刻は午前3時である。
こんな時間に友人知人が訪ねてくるはずがない。借金取りに追われる心当たりもない。
隣の松方さん(仮名)だって午後10時にはいつも帰宅しているし、
深夜まで何かをしている様子はない。
おかしいなと思っていると、足音がまた聞こえ、うちのドアから離れていった。
その時は、酔っ払いか何かが間違えて来たのだろう、と思った。

ところがその翌日、またも午前3時過ぎになると足音が上ってきた。
その翌日もそうだった。
「訪問者」はいつも階段を上り、うちのドアの前まで来る。
そしてしばらく静かになり、ノックをするでも、インターフォンを鳴らすでもなく帰ってゆく。
部屋の明かりをつけている場合、外にも光が洩れるから、
俺がまだ起きていることも分かるはずなのだが、部屋の中には声ひとつかける様子がない。
ただ毎日うちのドアの前まで来て、帰ってゆく。
時間帯的には早くて2時半、遅くて3時半といったところである。
これまで寝ていたから気付いていなかったが、どうやら大分前からほぼ毎日来ているらしい。
そう気付いた時は怖かった。この「訪問者」は何者か。
俺は表札も出していないし、洗濯物も部屋干しである。
しかし部屋に入るところを誰かに見られている可能性は充分にある。
俺がここに住んでいることは、誰が知っていてもおかしくない。
あるいは、狙われているのはこの部屋の前の住人であり、
住んでいる人が替わったことに「訪問者」が気付いていない可能性もある。
前の住人のことは知らない。
どこで何をしていて、誰にどう思われていた人間なのか、何も知らない。
巻き添えは困る、勘弁してくれ、と、しばらくの間、怖がっていた。

そしてしばらく怖がった後、「訪問者」が来ない日には、
ドアポケットに新聞が入っていないことに気付いた。
朝刊の配達って午前3時からやっているんですね。てっきり4時とか5時だと……。





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