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サンタクロースの正体は?

2010年12月24日 22:15

「別に、彼女ができたこと自体はどうでもいいんだよ」
 すでに一度言ったことだが、俺は繰り返した。「でも、それにしても性格変わりすぎだろ。平気で嘘つくようになったよ」
 俺はそう言ったが、兄貴はとりあってくれない。今日のうちに今年のレポートを片付けておきたいとかで、パソコンに向かってがちゃがちゃとキーボードを叩いている。「嘘ってほどのもんじゃないだろ。彼女に話、合わせてるんだよ」
「いや、だって完璧に嘘だよ。気持ち悪いんだよ。『俺、10歳までサンタクロース信じてた』とか言ってんだよ?」
「それ本当じゃないの? 河野君、そういうとこあるじゃん」
「嘘なんだって。少なくともそれは絶対嘘。だってあいつ、幼稚園の時自分で言ってたもん」
「なんて?」
 兄貴がようやく振り向いたので、俺は身を乗り出した。「俺、幼稚園の年長までは『サンタはいる』派だった」
 兄貴は笑った。「俺はもっと後までだな」
「俺の場合は、早い段階で現実見せられたんだよ。河野に」
 あの時のことは今でも覚えている。それ単品では子供だから仕方ない、で済む話だが、その当人が、彼女の前だからといって過去の発言をなかったことにして大嘘をついていると思うと、やたらと腹が立つ。
「俺がサンタクロースはどこかにいるつったら、河野がすげえ自慢げに『どっかにいるんじゃないよ。うちにいるんだよ。サンタってお父さんがやってるんだもん』って言いやがんの。何でも知ってるみたいな顔して」
「あったな、そういうこと」兄貴はまた笑った。「お前たしかあの時、泣きながら帰ってきたよな」
「その時はガキだったからな」俺は読んでいた漫画を脇に置き、腕を組んだ。「俺のことはどうでもいいんだよ。大事なのは、河野が幼稚園の頃、得意顔でいたいけな子供の夢を壊しておいてだな、今になって、そんなことなかったかのように、彼女の前では『10歳までサンタ信じてたよ』」
 言いながら、自分でもなんだか、どうでもいいことを力説しているような気がしてきた。俺はそこで黙ったが、昔のことを思い出したらまた腹が立ってきた。
 だが、兄貴は椅子の上からこちらを見下ろして、変なことを言った。
「俺の考えじゃ、河野君は嘘を言ったつもりはないんだと思うけど?」
「はあ? 嘘じゃん」
「ん」兄貴は何か言おうとしたようだったが、結局、くるりと椅子を回転させて画面の方を向いてしまった。「……俺もそうだったしな」
「は?」兄貴は時々、わけのわからないことを言う。「何?」
 ……兄貴は一体何を言っているのだろう?
 俺はいぶかったが、兄貴はそれ以上説明してはくれなかった。
「友達なんだからさ、もう少し善意に解釈してやったら?」兄貴はまたキーボードを叩き始めた。「だいたい、そんなんで喧嘩したのかよお前。みっともねえな」
「それだけが問題なんじゃねえよ。なんていうか、それに象徴されるあいつのいい加減さ全体だよ」
 ……とは言ったものの、確かにみっともない。
 友達に彼女ができたら、素直に祝福してやるのが男というものだ。それで多少つきあいが悪くなったとしても、笑って許してやるのが大人というものだ。そんなことは分かっている。腹を立てるのはみっともない。
 しかもその不満を、レポートを書いている兄貴の部屋にやってきて一方的にこぼすのもかなりみっともない。
「……でも、あの嘘はないだろ」
 俺は小声で呟いただけだったのだが、兄貴は言った。「だから、嘘ついてないかもしれないだろ」
「は? 意味が」
 わかんねえよ、と言おうとしたが、やめた。兄貴がよく分からないことを言う時は、だいたい何か考えがあるのだ。
 ……しかし。
 俺は腕を組んだ。河野は嘘をついているのは間違いないはずだ。だが、兄貴はそうではないかもしれない、と言う。どういうことだろう。
「……俺の話、ちゃんと聞いてたのか?」
「一応」マウスをクリックしながら、兄貴の背中が答える。「なんなら、お前が言ったそのまんま、繰り返してやろうか」
「いいよ」
 俺はそう言ったが、ますます分からなくなった。兄貴は、俺の言葉を聞き間違えたのではないらしい。
「……兄貴。言っとくけど、俺の聞き間違いとかじゃないぞ」
「知ってるよ」
「じゃあ何だよ。なぞなぞみたいな話?」
「別に。事実を言っただけだよ」
 兄貴はこちらに背を向けたままそう言い、ほい、と言ってエンターキーを叩いた。
 俺は唸った。兄貴がああ言うからには、「嘘とは何か」みたいな禅問答ではなく、きちんとした解答があるはずなのである。
「兄貴、河野から後で何か聞いてた?」
「聞いてないよ。お前の口から聞いたことだけ」
「じゃ、嘘だろ。……言い間違いとかか?」
「いや、別に」
 兄貴は画面を睨んだままだ。
 確かに、兄貴はさっき、「俺もそうだった」と言っていた。だとすれば、河野だけの特殊な事情ではないのだ。
 どういうことなのだろう。サンタクロースを「信じる派」と「信じない派」の他にまだ何か、中間の選択肢があるということだろうか。だが、それは理屈からいってありえないはずだ。どちらかのはずなのだ。
 兄貴はまた、くるりと椅子を回して俺を見下ろした。「河野君が嘘つきだっていう前提で考えるから分からないんだよ。河野君が本当のことを言っていたとしたら?」
「だって本当のこと言ってたら、矛盾するじゃん。それともあれか? 幼稚園から10歳までの間に1回、記憶喪失になったとか?」
「それ面白いな。じゃ、俺も記憶喪失?」
 ……もちろん、そんなことはない。
 俺は頭を抱えたが、どんな姿勢をとろうが、分からないものは分からない。
「降参。教えろよ」
 それを聞くと、兄貴は「なんだよ早えな」と苦笑した。
「いいじゃん。教えてよ」
「別に、たいしたことじゃないよ」兄貴はこちらを向いたまま、パソコンからUSBメモリを抜いた。レポートは終わったらしい。「河野君が言ったのは、『サンタクロースはいない』じゃないだろ。「『サンタクロースはお父さんがやってる』だよ」
「同じだろ」
「違うよ。河野君の考えは、『サンタクロースはいる』そして『サンタクロースはお父さんだ』」
 言っていることが分からない。
「……兄貴、ここで言っているサンタクロースっていうのは、そんな観念的なのじゃなくて、もっとこう」
「だから、そうだってば」兄貴は手で、動物をなだめるような仕草をした。「つまり、こうだよ。『世界中にプレゼントを配るサンタクロースは実在する』『そして、それはうちのお父さんである』」
「……は?」
「俺はけっこう大きくなるまでこう思ってたよ。『うちのお父さんは普段は冴えないおっさんだけど、クリスマスイヴにはサンタクロースに変身して、世界中の子供にプレゼントを配って回ってるんだ』ってね」
 俺は沈黙した。
「……兄貴、それは、あまりに」
 どこのヒーローだそれは。俺は笑った。「親父が変身するのかよ」
 想像してみると、けっこう笑えた。確かに、河野ならそんな馬鹿なことを考えるかもしれない、と思った。
「さて、レポートも終わったし」兄貴は大きく伸びをして椅子から立ち上がり、棚からゲーム機を出した。「親父とケーキが来るまでひと勝負してようぜ。勝った方がケーキの上のサンタな」
「いらねえよ」俺は笑いながらコントローラーをとった。
 と、廊下のむこうで玄関のドアが開く音がした。廊下を足音が移動するのも聞こえた。
「あ、もう来たか」兄貴が振り返って立ち上がる。俺も続いた。
 が、玄関には親父の靴はなかった。俺と兄貴は顔を見合わせた。
「いま、親父帰ってきたよね?」
「うん」兄貴も首をかしげた。「なんか用事で、またすぐ出てったのかな」

 暗い裏通りの一角。階段を下りていくと、地下に、薄汚れたバーの入口があった。もともと通行人が覗かないような陰気な場所である上、ドアには、夜の8時であるにも関わらず「CLOSED」の札が下がっている。
 そのドアのむこうに連れ込まれた時は、少女はもう怯えきって、自分で歩くこともできていなかった。しかし両側から彼女を抱えた男2人は慣れたもので、小柄な少女の体を軽々と引きずって店のドアを開ける。
 店の中には、荒廃した空気をまとった男たちが10人以上、たむろしていた。店員の姿はなく、荒れ放題の店内。その中央にビリヤード台が置かれている。
 少女を抱えた男たちは、周囲の悪漢たちの下品な視線と歓声に笑顔で答えつつ、彼女をビリヤード台まで引きずっていった。フェルトがはがれ、キューもボールも置いていないことから、その台の用途は明らかだ。台の上で押さえつけられた少女は泣くこともできず、ただ震えていた。悪漢たちの熱気が一段と高まる。
 しかしその瞬間、入口の方で凄まじい破壊音がし、店内が激しく揺れた。
 ドアの破片が階段から落ちてくる。とっさに頭を抱え、数秒してようやく顔を上げた悪漢たちは、店内に1人の男が出現しているのを見た。スーツの上によれよれになったトレンチコートを羽織った、会社帰りと見える中年男だ。小太りのその男はいつの間にか少女を抱きかかえていて、腕の中の少女に優しく微笑んだ。「お嬢さん、もう大丈夫ですよ」
 中年男は少女を床に下ろすと、指先に下げていた包みを渡した。「これ息子たちに買ったケーキなんだけど、ちょっと持っててくれるかな」
 店内の悪漢たちは最初こそ驚いていたが、相手が小太りの男1人だと知るとようやく身構えた。……どこから現れたのかよく分からなかったが、会社帰りのただのおっさんだ。いいところを邪魔しやがって。ぶっ殺してやる。悪漢たちは殺気立った。
 しかし、その男は腰を落とし、空手のような構えをとった。左手を腰だめにして右手を天に突き上げ、手首を捻ってゆっくりと体の正面に下ろす。何をやっているのだ、と悪漢たちが呆気にとられる中、男は叫んだ。
「変身!」
 男が発光し、悪漢たちは思わず目を閉じた。しかし、薄目を開けて光をこらえていた少女は見た。光の中で男のコートが変形し、赤い服と大きな袋が出現するのを。
 光がやみ、悪漢たちが目を開ける頃には、男は変身を終えていた。赤い上下に帽子。肩に担いだ大きな白い袋。そして、背後にいつの間にか出現している大型のソリと2頭のトナカイ。
 男は言った。「……私の名はサンタクロース。悪党どもに、正義の鉄槌をプレゼントしにきた。覚悟しろ!」
 左右のトナカイが自分で手綱を外して立ち上がり、左のトナカイは刀を抜き、右のトナカイは拳を固め、悪漢たちに踊りかかった。
 サンタクロースも、かついだ袋を縦横無尽に振り回して、悪漢たちを次々となぎ倒していった。

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