バトル・イン・お会計

2011年02月14日 00:11

それは、わずか40秒間の戦いだった。

 

午後6時の西友食料品売場は買い物をする客でごった返していた。肉・野菜・冷凍食品がずっしりと満載された買い物籠を提げた主婦のおばちゃん。話題の298円弁当の上に、それが毎日の愉しみなのだろう缶ビールをちょこんと載せた籠を持つおっちゃん。携帯電話で何やら喋りながら酒類コーナーを歩きまわる学生らしきお姉さん。総菜コーナーから漂う揚げ物の香りとスピーカーから流れる90年代のポップスが売場の空隙を埋め、店員さんの押す台車の音が喧騒を加速させる。レジには長蛇の列ができ、買い物籠を提げた客らが自分の会計はまだかまだかと、飢えた獣のような目で店員さんを睨んでいる。レジは戦場だった。平均重量5キロ超の買い物籠を利き腕に、時には両の腕に提げた客らの上腕二頭筋は列に並ぶ段階ですでに限界に達しており、その場の全員が早く籠をレジに置かせろと願い、自分の1つ前の客が会計をする番を心待ちにしていた。店員さんはそれに応えるべく、流れるような熟練の技で会計を済ませてゆく。だが大部分の人間が3000円を超す商品を籠に詰め込む夕食前の時間帯を、店員さんの技術だけで簡単に捌けるものではない。1番レジから6番レジの全てがフル稼働しているにも関わらず、レジ前に並ぶ殺気立った客の数は一向に減る気配がない。いかなる運命の悪戯かペットボトル1本を買いたいがためにその列に紛れ込んでしまった高校生が周囲の殺気に怖れをなし、場違いな自分を隠すように首をすぼめて縮こまっている。

俺はその列の中にいた。

俺の並んだ3番レジの列もやはり殺気立っていた。レジのおばちゃんの手さばきは全く無駄のない見事なものだったのだが、俺の3人ほど前に並んでいた女性がサインを要するクレジットカードで買い物をした上、それに続いたおじいちゃんが震える手で1枚ずつ硬貨を置く、という支払い方をしたため、前後の2番レジ4番レジに比して3番レジの流れは明らかに悪かった。流れが悪い原因を知ることのできるのは俺の位置までで、俺より後ろに並んだ客たちはなぜこの列だけ進むのが遅いのかが分からず、顔をしかめていらついていた。俺の2つ後ろに並んだおっさんは周囲に聞こえる音量で盛大な舌打ちをした。

俺の前では、70を越していると見られるおばあちゃんが戦っていた。支払いに手間取り、後ろの客に睨まれないための必死の戦いである。1378円の会計を釣り銭なく支払うべく小銭入れを開けていたおばあちゃんは自分の右側に伸びる列を一瞥して状況を理解したものの、札入れの中に1000円札が1枚しかなかったらしく、絶望の表情を浮かべていた。378円を小銭で支払うためには500円玉1枚を出すのが最も早いが、おばあちゃんの小銭入れには500円玉すらないようだ。焦りのため震える指でようやく100円玉4枚を探り出したおばあちゃんはお釣りを受け取ると、「すいません」と小声で呟きながら必死で籠を持ち上げ、逃げるようにレジを抜けた。

周囲はますます殺気立った。支払いに関するおばあちゃんの手際はそうよくはなかったが、いらつくようなものでもなかったはずだ。しかし、これまで理由も分からないまま流れの悪いレジで待たされた客には、100円玉を4枚捜しあてるまでの彼女の奮闘は目に入っていない。彼らの目には、彼女の会計は「遅すぎる」と映ったのだ。後ろのおっさんから「早くしろよ」と罵声が飛ばなかっただけでもましなのかもしれない。

俺の番が来た。おばあちゃんの「敗北」により、後ろの客が俺に対し、おばあちゃんをはるかに超えるスピードでの会計を要求してくることは明らかだった。さっきちらりと見たところ、露骨に顔をしかめて前を睨んでいたあのおっさんはすでに臨界寸前で、俺がこれからする会計で少しでも手間取ることになれば、爆発することは確実だった。

俺は財布の札入れを開き、中の5000円札に手を伸ばした。

俺の財布の中には5000円札が1枚と、いくらかの小銭がある。いつもは小銭で端数を揃えて釣り銭の量を減らしているのだが、今回それはできそうもない。釣り銭が少ない方がレジを抜けるまでの時間が短いだろう、というのは素人の考えで、レジにおいては、最も時間を食うのが商品のスキャン、そしてその次に時間を食うのが、客が小銭を出し、トレーに置く作業なのだ。スーパーのレジにいるおばちゃんは熟練の猛者揃いだ。こちらが小銭をとろとろと用意する時間より、おばちゃんが釣り銭を用意する時間の方が絶対に短い。レジのおばちゃんは小銭の計数のプロであり、プロの仕事はプロに任せるべきなのだ。

だが「会計をいかにスムーズに済ませるか」というこの戦いにおいて、俺は2つの不安要素を抱えていた。1つは俺の財布の構造。そしてもう1つは、俺が極めて不器用であることだった。

一般的な財布の例に漏れず、俺の財布も札入れと小銭入れは別になっている。札と小銭をそれぞれの場所に収めるためには、財布を1度構え直さなければならなかった。札を入れるため、札入れの開口部を上に向けたまま小銭入れを開ければ小銭をぶちまけることになるし、小銭を入れた後、小銭入れを閉めずに札入れを使おうとすればやはり小銭をぶちまけることになる。釣り銭に札と小銭が交ざっていた場合、小銭入れを開け閉めする、という動作をどうしてもしなくてはならないのだ。

だが、不器用な俺にはこの動作が困難だった。左手はすでに塞がっている。頼みの右手で釣り銭を受け取ってしまった場合、俺にはもう空いた手は残されていない。ところが、俺の財布は小銭入れのボタンが固く、釣り銭を持った手の、空いた指だけで開けることが困難な代物なのである。右手の指はすべて自由にした上で、小銭入れの覆いをつままなければ開かない。今回の会計において最も困難で、時間的なロスが生じやすいのがこの動作だった。

むろん、これがさして問題にならない場合もある。店員さんがセパレート式で釣り銭を渡してくれた場合である。

店員さんが客に釣り銭を渡す時、その渡し方には大まかに2つの方式があった。1つは、まず札だけを「お先に大きい方、2000円と」と言って渡し、次に小銭とレシートを「おあと191円とレシートのお返しになります」と渡す「セパレート式」。そしてもう1つは、店員さんが小銭を含めた釣り銭全額とレシートをひとまとめにしてしまい、「2191円とレシートのお返しです」と言って札の上に小銭を、さらにその上にレシートを積み上げて一度に渡す「ダイレクト式」である。

店員さんが採っているのがセパレート式で、そのことがあらかじめ分かっているのであれば、俺の不器用な右手でもスムーズに釣り銭を受け取ることができた。まず札入れを開けて待ち、札を渡されたらそこに収め、店員さんが小銭とレシートを用意している間に財布を構え直して小銭入れを開け、小銭とレシートを待ち受ければいい。

対して、ダイレクト式の場合は少々難しい。右手の上に置かれた釣り銭を……それも札の上に複数枚の小銭が積み上げられる、という極めて不安定な状態で置かれた釣り銭をうまく財布に収めるためには、あらかじめ小銭入れを開けて構え、右手で釣り銭を受け取った後、財布の上に積まれた小銭を小銭入れに流し込み(レシートはどさくさにまぎれて握り込むか、小銭入れに一緒に入れてしまう)、空いた指で小銭入れを閉じ、財布を構え直して札入れに札を収める、という高等技術が必要になる。焦ったり緊張したりしている場合、小銭を小銭入れに流し込む時にこぼす可能性があった。かといって、とりあえず小銭も札も一緒に札入れに入れてしまう、というやり方では財布が閉じられないし、釣り銭を受け取った右手で札を握り潰して、上に載った小銭ごと手の中に収める、というやり方も、どこかで小銭がこぼれる可能性が大いにある。いずれも、スムーズとは言いかねる方法だった。

もちろん、それだけならまだなんとかなる。俺はお買い物キャリア10年だ。熟練とまでは言わないが、不慣れなビギナーでもない。たとえ店員さんが採ったのがダイレクト式であっても、落ち着いて財布を構え、落ち着いて釣り銭を扱えば、ぎりぎりスムーズと言い得る速度でレジを抜ける自信があった。

だが、今の状況は。

148円が1点、158円が3点……」

店員のおばちゃんは美しいとすら言える正確な動作で商品をスキャンし、籠から籠に移している。それを見ながら俺は、自分のうかつさに舌打ちした。

このおばちゃんがセパレート式の慎重派か、ダイレクト式の野生派か。それを前もって確かめることができなかったのだ。俺は列で待つ間、すぐ前のおばあちゃんに対する釣り銭の渡し方を見てレジのおばちゃんのタイプを判断しようとしていた。おばあちゃんに対する釣り銭が1000円以内で済んだ場合、セパレート式かダイレクト式か、判断する材料がないにも関わらずだ。俺は油断していた。おばあちゃんの買い物籠の中身が1000円を超えていたからといって、おばあちゃんが5000円札や10000円札で支払うとどうして言えるのか。カードで支払う可能性もあるし、それどころかこの年代のおばあちゃんの中には、釣り銭なしできっちりと支払う丁寧な人がかなりの割合で混じっている。それなのに、「前のおばあちゃんを見ていればいい」と漫然と構えていた俺は、間抜け以外の何者でもなかった。キャリア10年が聞いて笑わせる。

そういうわけで、俺は苦境にあった。

セパレート式にしろダイレクト式にしろ、釣り銭をスムーズに受け取るための一連の動作は、相手があらかじめどちらの方式を採るかが分かっていることを前提としている。ダイレクト式だと思って小銭入れを開けていたところにセパレート式でこられたら、こちらは店員さんが札を数えている間に急いで財布を構え直し、小銭入れを開けなければならない。逆にセパレート式だと思って小銭入れを閉めていたところにダイレクト式でこられたら、釣り銭を差し出す店員さんを待たせたまま、財布を構え直して小銭入れを開けなければならない。どちらも、スムーズと言うには程遠い受け取り方だ。

俺は店員のおばちゃんを観察しながら考えた。このおばちゃんはセパレート式なのかダイレクト式なのかを、少なくとも商品のスキャンが済むまでに判断しなければ、準備が間に合わない。しかし、どちらを採っているのかは店員さんの顔で判断できるものではない。

だが、俺の研ぎ澄まされた五感は、背後の2番レジで会計をする店員さんの声を聞き分けていた。

「お返しがまず100020003000円と……」

セパレート式だ。この店舗はセパレート式を採用している。

だが、喜び勇んで札入れを構えようとした俺は、自分のうかつさにまた舌打ちすることになった。

確かにセパレート式かダイレクト式かは店舗単位で統一されていることが多い。というより、釣り銭が合わないと言って騒ぐ客が出ないよう、管理者からセパレート式を通達されているケースが多い。だが、このおばちゃんがその通達に律儀に従っているという保証はない。もしかしたらこの店舗ではどちらの方式を採用するかは自由なのかもしれないし、仮にセパレート式を採るよう通達がされていた場合でも、この混雑だ。時間短縮のため、おばちゃんが一時的にダイレクト式を採る可能性はある。

それでは判断ができない。俺は悩んだ。何か手はないのか。

おばちゃんは練達のピアニストを思わせる見事な動きで商品をスキャンしている。「198円が1点……」

それを聞いた瞬間、俺の脳内にかすかな希望の光がちらついた。支払いに小銭を混ぜて端数を合わせ、釣り銭を小銭が交ざらない額にするという手がある。

さっき言った通り、通常ならそれは素人考えの下策だ。だがそれは、店員さんが商品をスキャンし終え、総額が表示されたのを見てから小銭を捜す、というやり方を前提としている。店員さんがスキャンを終える前に俺が自力で総額を暗算し、先に小銭を用意しておいたら?

通常なら考えられないことだった。計算を間違えば一度出した小銭をまた収めなくてはならないことになり、それだけで致命的なロスとなる。だが俺は貧乏な上にケチであり、食料品の買い物ひとつにおいても総額をなんとなく計算する癖がついているのだ。籠に入れたものがいくらなのかはすべて記憶しているし、暗算も得意だ。この俺になら、できるかもしれない。

俺はおばちゃんに向けられたディスプレイを一瞥し、これまでスキャンされた商品の総額を確認した。そしてまだスキャンされていない商品の内訳を一瞬のうちに確かめると、暗算で総額をはじき出した。今日俺が買ったのはタマネギ148円とジャガイモ198円、マイタケ98円にゴマ油358円にホウレンソウ148円が半額で74円。今日1番の大物である豚肉肩ロースが753円でチンゲンサイが198円の半額で99円。そして牛乳158円が3点で合計2202円。税込で231210銭で10銭は切り捨てだから2312円、だ。

計算が合っているという確実な保証はどこにもなかった。だが俺には自信があった。ケチの計算力を舐めてはいけない。

俺は財布を構え直し、小銭入れを開けた。312円分の小銭があれば、樋口先生と一緒にそいつを差し出す。釣り銭は3000円ジャストになり、そうなればセパレート式もダイレクト式もない。俺の完全勝利だ。

だが、小銭入れの中身を見た俺は落胆した。100円玉は45枚、10円玉も23枚確認できた。だが1円玉のアルミニウムの輝きがどこにもない。310円まではいいが、残りの2円がない。

くそったれ。俺は声に出さずに毒づいた。1円玉を用意せずに戦場に出るなど、俺はどこまで間抜けなのだ。

だが、そんな俺にも微笑んでくれる女神はいたらしい。ここは西友なのだ。

俺は胸を張り、はっきりと言った。「あ、レジ袋結構です」

おばちゃんは手を止めずに答えた。「御協力ありがとうございます」

エコの勝利だった。西友でお買い物をする時、レジ袋が不要な旨を伝えれば2円割引になるのだ!

たかが2円、だが今の俺にはイスラエルの民に降りそそいだマナのごとき2円だった。2312円引く2円は2310円。1円玉がなくても払えるのだ。

俺は小銭入れを探った。指先に感じる小銭の感触が、俺の勝利の感触だった。10円玉が1枚、そして100円玉が1枚、2枚……いや、これは50円玉か。

一瞬、背筋に冷たいものが走った。100円玉は3枚必要。そしてニッケル・銅合金の銀色も4枚確認している。だが。

1枚目は100円玉だった。だが2枚目は50円玉で、3枚目も50円玉だった。俺は舌打ちしてそれらを戻そうとしたが、これ2枚でも100円なのだと気付いて思いとどまった。

だが、最後の1枚も50円玉だった。

そんな馬鹿な、と思った。自分の目が信じられなかった。4枚あるうちの3枚までもが50円玉だなどということは確率的にありえないことのはずだった。通常、50円玉は1度の会計で1枚しか手に入らない。それが100円玉の3倍も財布に入っているなどということが現実にあるのだろうか。

俺はうすく笑った。悪い冗談だとしか思えない。しかし現実に、俺の財布には250円と、10円玉3枚しかなかったのだ。

普通の奴ならここで絶望し、頭の中が真っ白になって立ち尽くすだろう。だが俺は違う。策が潰えたなら次善の策を、敗北が決定したなら被害を最小限に抑える準備をする。それができてこそ、お買い物のプロというものだ。

俺はすぐさま小銭入れを閉じ、5000円札を抜き出した。もう、釣り銭を減らす作戦はとれない。店員のおばちゃんがダイレクト式なのかセパレート式なのかも分からない。だがそれでもせめて、このおばちゃんがどちらである確率が高いかを判断してそれに応じた体勢を整えるべきだ。

俺はおばちゃんを観察した。動きは速く無駄がないが、手つきや発声を見る限りさして丁寧とはいえないおばちゃんだ。だが、そのことをもって野性的なダイレクト式の遣い手と判断するのは早計だ。顔もダイレクト式をやってきそうなイメージだが、顔は根拠にならない。

それなら、と俺は視点を変えた。おばちゃんではなく、レジスターのタイプから判断できないか。

俺が新型と呼んでいるタイプのレジスターは釣り銭計数機がついている。つまり、金額を打ち込んだだけで釣り銭を自動的に数えて出してくれるのだ。このタイプであった場合、ダイレクト式の確率が高くなる。本来、セパレート式を採る理由は釣り銭の数え間違いと、数え間違えている、という客からのクレームを防止することだ。レジスターが新型ならそのどちらも起こりにくいし、釣り銭は札も小銭もほぼ同時に出てくる。この場合、店員さんが札と小銭を重ねて取り、その上にレシートを置いて出すというダイレクト式は極めて自然な方式である。したがって、レジスターが新型の場合、ダイレクト式である確率が飛躍的に上がる。

一方、レジスターが釣り銭計数機のついていない旧型であった場合、店員さんは札と小銭の引き出しを自分で開け、適切な枚数を手で取り出さなくてはならない。数え間違いだというクレームも来やすいし、まず札を出して渡し、客がそれを確認している間に小銭を準備する、というセパレート式の方が時間のロスがない。したがってレジスターが旧型の場合、わずかだが、セパレート式の方が確率が高くなる。

この店舗のレジは旧型だった。俺は5000円札をつまみ出したまま財布の札入れを開け放ち、対セパレート式の体勢をとった。

だが次の瞬間、おばちゃんの背のむこう、隣の4番レジで小さな動きがあった。客が釣り銭を受け取り損ね、小銭を落としたのだ。そして俺は見た。4番レジの台の上を舞う、1枚の1000円札を。

 ……あの客は札と小銭を同時に受け取っている。むこうの4番レジはダイレクト式なのだ!

さっき聞いたところによれば、後ろの2番レジはセパレート式だった。どういうことだ。隣の4番レジのおばちゃんの独断だろうか。それとも後ろの2番レジの人が異端児なのか。

もはやどちらなのか判断ができなかった。こちらの構えが予定した方式と違った場合、そのロスは、後ろのおっさんを爆発させるに充分なものだ。それなら、どうする? 一か八か、勘で決めるか。

だが、俺はそうしなかった。勘で決める、というやり方は、俺のスタイルに合わない。どんな苦境にあっても最後まで最善を尽くすべきであるし、最後の最後を運に任せたくはない。俺が好むのは、勝っても負けてもそれが自分の実力によるものだった、と納得できる勝負だ。勘で決めてあとは神頼み、なんていうのは趣味じゃない。何より俺はリアリストで、神様なんて信じちゃいない。

俺は迷うことなく5000円札をトレーに置いた。そして小銭入れのボタンを外しつつ覆いを指で押さえ、財布は斜めに構える、という中間の体勢をとった。相手の方式を知っていた場合よりは時間がかかるが、相手がどちらの方式で来てもある程度早い対応がとれるという構えだ。

もう、おばちゃんがどちらの方式で来るかは予想しない。おばちゃんの初動を見極めて動き、おばちゃんより速い動きで財布を構え直して釣り銭を受け取り、時間のロスを最小限にする。俺の選択はこれだった。

レジスターが旧型の場合、セパレート式とダイレクト式では、店員さんの初動に大きな差があるはずだ。セパレート式の場合、店員さんはまず札を数えながら取り出し、それから体をこちらに向けて「まず大きい方が」と発音する。対して、ダイレクト式の場合はそんなことはしない。まず札を数えながら出す、というところまでは同じだが、その後、体をこちらに向けたりはせず、小銭の引き出しに手を伸ばす。

俺はその瞬間におばちゃんの動きを見極め、セパレート式なら小銭入れのボタンをとめ、札入れを上に向けて開口させる。ダイレクト式なら小銭入れを開放し、右手を差し出す。おばちゃんが釣り銭を差し出すよりも遅ければ敗北。早ければ勝利。スピードの勝負だ。

「お会計が2312円、2円引かせていただいて2310円になります」

やはり俺の計算は合っていた。だが、そんなことは今となってはどうでもいいことだった。俺は両手の緊張を解かないまま、おばちゃんの「5000円からでよろしいですか」という問いに頷いた。

おばちゃんが5000円札を取り、金額をレジスターに入力する。釣り銭の額が表示される。2690円。

さあ、来い。どちらで来る? セパレート式か、ダイレクト式か。

おばちゃんが5000円札をしまう。俺は、おばちゃんの右手の動きに意識を集中していた。引き出しから釣り銭を出すのは右手だからだ。おばちゃんの右手が小銭の引き出しにむかって動いたらダイレクト式、動かなかったらセパレート式だ。どちらで来ても、おばちゃんが釣り銭を差し出す前に、財布を構え直して右手を差し出してやる。コンマ1秒たりともロスをする気はない。

……さあ、どっちが早いか試してみようぜ。

俺は身構えたまま呼吸を止めた。周囲の喧騒はどこかに遠ざかり、店内は無人の荒野に変わった。砂塵が撒き上がり、枯れ枝が舞う。俺とおばちゃんの殺気を怖れた小さなネズミが短く鳴き声をあげ、巣穴にもぐった。その音を最後に、俺とおばちゃんを残して世界は無音になる。

瞬間、おばちゃんが動いた。釣り銭の引き出しを開け、電光の速さで2枚の1000円札を出し、左手に重ねる。

ダイレクト式か?

だが俺は動かなかった。ここまでの動作ではまだ判断できないからだ。勝負の世界では、冷静さを失った奴は真っ先に死ぬ。

するとおばちゃんは手に重ねた2枚の1000円札を折り、1枚ずつ手の中でめくった。

数えた。セパレート式か?

だが俺はまだ動かなかった。ダイレクト式であっても一旦手の中で札を数えることはありうる。

しかし、おばちゃんの右手は小銭の引き出しに伸びなかった。

……セパレート式だ!

俺は瞬時に判断し、右手の指を動かして小銭入れのボタンをとめにかかった。だがボタンは予想通りの固さで、なかなかとまってくれない。その隙を逃すほどおばちゃんは甘くなかった。おばちゃんは素早く体をこちらに向けると、こちらに札をよく見せて「大きい方が2000円と」と発音した。だが、その声が俺の耳に届くのとほぼ同時に俺は小銭入れのボタンをつけていた。おばちゃんが1000円札2枚を差し出すのと、俺が右手を差し出すのは同時だった。間に合った。時間にロスはない。ここまでは合格だ。

と思ったら、おばちゃんは一旦俺に見せた1000円札をするりと引っ込め、レジスターに置いた。それからその札をそのままにし、小銭を取り出し始めた。

ちょっと待て。何だそれは。

ノータイムで1000円札を受け取ろうとして勢いよく手を出していた俺は、体のバランスを崩してつんのめった。おばちゃんが何食わぬ顔で「690円のお返しです」と言い、さっきの札の上に小銭とレシートを載せて差し出した時には、慌てて小銭入れを開けようとした俺は中の小銭をぶちまけていた。

俺がぶちまけた小銭を集めていると、後ろのおっさんが爆発した。「何やってんだよ! 早くしろよ!」

 会計がちょっと遅いぐらいでいらいらすんなよ、と言い返す度胸は、俺にはなかった。

 

俺は敗北感に打ちひしがれ、周囲の客から憐れみの視線をもらい、そしてレジ袋をもらわなかったため鞄に直に食料品を入れて家路につくことになった。レジ袋は要らない、と豪語して2円引いてもらったくせにレジ脇に巻いてある無料の袋をずるずる引っぱって取りまくる、といった図々しい行為をする度胸も、俺にはなかった。いいかげんマイバッグを買わなきゃな、と思いながら店を出た。

風が、乾いていた。



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