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雪の降る猫の日のはなし

2011年12月25日 01:41

 家のちかくに三角公園とよばれている公園があって、わたしはときどき、そこにいく。

 三角公園にはなにもない。入口のわきに水飲み場があって、まんなかにすべり台があって、ひとつの隅に砂場があって、もうひとつの隅に鉄棒がふたつだけある。それだけの公園だ。のこった隅にはベンチがあって、そこにはいつも、男の子がひとり、すわっている。
 男の子、といっても、たぶん、わたしと同じくらいの年だと思う。いくつなのかは、きいたことがない。名前も知らない。ただ、三角公園には雌の黒猫が1匹すんでいて、男の子はいつもその猫といっしょにいる。だからわたしは頭のなかで、黒猫の男の子、と勝手によんでいる。

 わたしはときどき三角公園にいって、黒猫の男の子といっしょにベンチにすわる。それで、すこし話をする。男の子はすこし変わっていて、じぶんの話も、友達の話も、テレビや漫画の話もしない。いちばんよくするのは、猫の話だ。男の子は猫のことにとても詳しくて、猫がどうやって狩りをするのかとか、毛づくろいをめんどくさいと思う猫もいることとか、ニャーオ、とアーオ、の意味の違いとか、そういうことを、静かな声で話してくれる。わたしはとなりにすわって話をききながら、男の子の白くて透き通るような頬とか、器用そうな指とか、ちょっとくせのある髪が日差しをあびてきらきら輝くところとか、そういうのをときどき、見る。男の子の膝の上でまるくなっている黒猫は目を閉じて、耳をぴんとたてて、猫の話をきいている。

 男の子はひざの上の黒猫をとてもやさしく撫でる。黒猫の、とてもきれいでしなやかな背中の毛の、1本1本をいつくしむように撫でる。この黒猫はだれにもなつかなくて、ほかの人が話しかけても逃げるだけなのに、男の子のひざの上にいるときだけは、とてもしあわせそうに目をとじている。

 

  仲がいいんだね。

 

 わたしがそういうと、男の子は静かな声で、答えた。

 

  恋人なんだ。

 

 そうなんだ、というと、男の子は黒猫の背に手をそえた。黒猫がちょっと目をあけて、男の子を見上げた。

 

  僕たちは小さいころから、ずっといっしょだった。今は魔法をかけられて、こんな姿になってしまったけど、そうでなかったら、結婚するはずだった。

 

 男の子はさびしそうに目を細め、黒猫の背中をゆっくりと撫でた。男の子を見上げていた黒猫は、また首をひっこめて、目をとじた。黒猫のほうも、なんだかさびしそうだった。

 わたしは、そうなんだ。といって、つらいね、とつけくわえた。

 でもね、と、男の子がいった。もしかしたら、もうすぐ魔法がとけるかもしれない。

 わたしが男の子を見ると、男の子もわたしを見て、太陽の魔法だから、といった。太陽の魔法だから、昼がいちばん短くなる季節がくれば、とけるかもしれない。晴れていたらだめだけど、雪が降って、太陽の光をはねかえしてくれたなら、きっと。

 

  昼がいちばん短くなる季節。クリスマスのころ?

 

  うん。クリスマスのころ。

 

 男の子のこたえをきいて、わたしは空を見上げた。空はよく晴れていて、夕焼けがきれいだった。風もまだすこし、あたたかい。

 むずかしいね、とわたしはいった。このあたりは、雪、降らないよ。クリスマスのころは。

 男の子はだまってうなずいた。それから赤くなった太陽を見つめて、でも、待つしかないから、とつぶやいた。

 

  もっと北のほうなら、雪は降るけど。

 

 わたしは男の子から目をそらして、ちいさな声でつぶやいた。きこえなかったかな、と思ったが、男の子はちいさな声で、そうだね、とこたえた。そうだね。でも、僕たちはここから動けないんだ。だから、ここで待つしかない。

 わたしが横目で男の子を見ると、男の子もわたしを見ていた。わたしはゆっくり手をのばして、黒猫の背中を撫でさせてもらった。

 

  ここで待つの。

 

  うん。猫にはなわばりがあるから。かんたんによそにはいけないんだ。

 

  そうなんだ。猫もけっこう、たいへんなんだね。

 

 男の子は、しかたない、という顔をしていたけど、わたしはすこしだけほっとしていた。それが申し訳なくて、わたしは目をそらして、自分の靴を見ながらいった。

 

  雪、降るといいね。

 

  うん。

 

  今年、降るかもしれないよ。ニュースで、寒い冬になるっていってたし。

 

 男の子も前を向いたようだった。そうだね、というのがきこえた。

 それから、ひざの上の黒猫を見ながら、ありがとう、といった。

 黒猫の男の子は、やっぱりすこし変わっている。でもわたしはなぜか、男の子の話をすんなりと受けいれることができた。そのことが、とてもうれしかった。

 

 そう話した日から、わたしは前よりひんぱんに、三角公園にいくようになった。男の子はいつもいるわけではなくて、いないときは黒猫のほうもいないのだけど、いるときには、前よりすこしながく、話をするようになった。クリスマスがちかづいてきて、街にジングルベルが流れるようになると、寒い日も多くなったが、わたしはそれでも、三角公園にいった。男の子も、かわらずにベンチにすわっていた。風はつめたかった。わたしは手袋をして、マフラーをしっかり巻いて、首をすぼめながら、ベンチにすわっていた。男の子も、風が吹くと寒そうに背中をまるめて、それでも腕で囲いを作って、ひざの上の黒猫に風があたらないようにしていた。そうしているようすは本当に、恋人を大事に守っているみたいに見えた。わたしはそのとなりで白い息を吐きながら、もし雪が降ったら、と考えていた。クリスマスのあたりは天気が荒れる、と、天気予報でもいっていた。もしかしたら本当に、雪が降るかもしれない。
 雪が降っても、黒猫の男の子は、三角公園にきてくれるのだろうか。

 

 

 そして、クリスマスがきた。

 24日の天気予報で、今夜から明日にかけて、ところにより雪になるでしょう、といっていた。わたしは、黒猫の男の子のことを考えながらねむり、つぎの朝、窓の外の気配でめざめた。

 カーテンを開けると、窓の外では、白いものがはらはらと落ちていた。街はまだ薄暗く、空も灰色にくもっている。街の上にうっすらと半透明の膜がかぶさっていて、樹の枝のあいだや、車のボンネットの上が、ところどころ白く染まりはじめていた。

 わたしは部屋の時計を見た。まだ6時50分で、家族はみんな寝ている。家の中はしずかだった。

 わたしはいそいで着替え、コートを着て、マフラーを巻いて外にでた。早朝の街は静かで、どこかで雪の落ちる、さらさら、という音がきこえた。門をあけたところで大粒の雪が顔にあたって、傘を持っていったほうがいいのか、すこしなやんだが、そのまま駆けだした。

 本当に雪が降った。太陽は、厚い雲に覆われて見えない。

 わたしは三角公園にむけて走った。地面がぴちゃぴちゃと音をたて、靴のなかがすこししめった。雪は、だんだんはげしくなってくるようだった。

 三角公園のベンチに、男の子がすわっていた。

 黒猫の男の子は、わたしをみつけると、すっ、と立ちあがった。男の子の膝から、黒猫がひょい、ととんで、地面におりた。

 

  雪が。

 

 わたしは白い息をはきながらいった。雪が、降ったね。

 男の子はうなずいた。うん。だから……。

 

  魔法がとけるんだ。

 

 男の子はそういった。魔法がとけるから、ここで待っていたんだ。きみが、くるかもしれないと思って。

 わたしは気付いた。わたしたちのまわりに降る雪が、きらきらとかがやきはじめていた。

 男の子は、すこしだけさびしそうな顔になって、いった。

 

  さいごに、きみにさよならをいいたかった。魔法がとけてしまったら、もう話すことはできないから。

 

 わたしはききかえした。もう、会えないの。どうして。

 

  会うことはできるけど。

 

 男の子はいって、足元の黒猫を見た。黒猫も、男の子を見上げた。

 

   会うことはできるけど、話はできない。猫には人間のことばはわからないから。

 

 男の子はほほえんだ。それに、猫には猫の世界がある。きみに、人間の世界があるように。

 男の子のからだが、白い光につつまれていった。男の子は白い影になって、わたしに手をふった。光がつよくなって、男の子のからだの輪郭が、かたちを変えはじめた。

 

  そんな顔をしないで。ここはぼくのなわばりなんだ。いつでも会えるさ。

 

 白い影がちぢみはじめた。黒猫はそのとなりで、じっとすわっていた。まぶしさにたえきれなくなって、わたしは目をとじた。

 光がよわくなり、わたしが目をあけると、男の子はどこにもいなかった。かわりに、1匹の白猫がちょこんとすわって、わたしを見あげていた。

 白猫はとたとたと歩いてきて、わたしの脚に頭くっつけてきた。あたたかい感触をのこして首と背中をすりよせると、さいごにしっぽをちょい、とからめて、わたしの脚からはなれた。そして、すわって待っていた黒猫と寄りそいあい、ならんで歩きはじめた。

 はなれていく1匹の猫に、わたしはいった。

 

  さよなら。

 

 2匹はいっしょにふりかえり、にゃん、とみじかくこたえた。それから、ひょい、と植え込みを跳び越えて、公園の奥に消えた。
 わたしはそれを見送ると、ひとつくしゃみをして、三角公園を出た。

 わたしたちは帰る。猫は猫の世界に。人間は、人間の世界に。

 降り積もる雪が、街を白く染めていた。






5、6年前から毎年、クリスマスにクリスマスを題材にした短いものを書いています。
(話はその日に考えます。)
今回は、あんまりクリスマスとは関係ない話ですが……。
元ネタは「猫のキモチ」(菅野よう子作曲/Gabriela Robin作詞)という曲の歌詞です。
毎年、クリスマスに何か書きたくなりますが、それがなぜなのかは分かりません。
サンタクロース等、クリスマス関連のガジェットは短編やショートショートと相性がよく、
そのせいなのかもしれません。いえ、きっとそのせいです。
他にも何か理由があるかもしれませんが、そこのところはまあ、いいでしょう。

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