女性探偵とわざわざ断るほどではない

2010年10月04日 18:33

赤川次郎先生のエッセイ(『ぼくのミステリ作法』早川書房/徳間文庫)の中に、
「女性の方が名探偵に向いているのではないか」という話がある。
女性の方が「現実と夢とのバランス感覚に優れている」し、
残酷場面にも強い、というわけである。
なんだかもう頷くより他にない気がする。

赤川先生は
「映画館に行けばよく分かりますが、男性はギャング映画など見て出て来ると、
まるで殺し屋の如き目つきをしている」(中略)「しかし、女性の方は、
どんなに映画でワンワン泣いていても、さて、スクリーンが白くなり、
場内が明るくなるれば、帰りにはどこで甘い物を食べて行こうか、とすぐに考える」
と指摘する。つまり、女性は現実への切り替えが早く、男性は遅いのである。
年末の総合格闘技を観た後必ず兄と取っ組み合いをしていた俺としてはもう、頷く他ない。
それに先生いわく、「初めて解剖や手術を見学した時、
気分が悪くなって倒れるのはほとんど男性なのだそう」である。
確かにそれも当たっている。ホラーやスプラッターを見て悲鳴をあげるのは女性だが、
真っ青な顔をして「悪い、俺ちょっと気分悪い」と言うのは男性である。
それを見た女性は「ねえちょっと松方(仮名)顔青いよ。大丈夫?」と心配したりする。
お前さっきまで悲鳴あげてたじゃん。
考えてみれば、大部分の女性は体調さえよければ毎月血を見る経験をしている。
スプラッターに強いのは当たり前なのかもしれない。

そう言われてみると、確かに名探偵は女性の方が向いているようだ。
ひと昔前の名探偵が男性ばかりだったのは、単に警察官や私立探偵といった業種に
女性が少なかったからなのかもしれないが、現在では、探偵業にも女性はかなり多い。

もっとも、女性を探偵役として、しかもただ単に謎を解く役としてでなく、
「いわゆる名探偵」として書く場合、不便な点が2つある。
まず、一般に、女性は理屈っぽくないのである。
論理的でない、というわけではなく、ひと前で長々と理屈を喋りたがる人が少ないのである。
原稿を書いていても、女性のキャラクターが理屈っぽい長台詞を延々喋っていると、
何か違うな、と思ってしまう。周囲にそういう人がいないのだ。
そうなると困る。「いわゆる名探偵」には自らの推理を、つまり理屈を得意げな長口舌で
披露していただかなくてはならないのに。
加えて、一般に女性にはあまり衒学趣味がないのである。
衒学趣味とはつまり一種の見栄である。見栄というもの自体は性別に関わりなく張る。
しかしいわゆる衒学的な、つまり「自分はこんなに物識りだ、教養があるのだ」という見栄を張るのは
大抵男性である。話の途中に本筋とは関係ない豆知識を喋りたがるのも男性である。
これも困るのである。「いわゆる名探偵」は博識であってほしいし、それを示すために、
他の登場人物が知らないようなことを、頼んでもないのにいろいろ喋っていただかなくてはならないのに。

というわけで、「いわゆる名探偵」というキャラクターを考えようとすると、どうしても男性になってしまう。
もっともここでいう「いわゆる名探偵」はかなり古典的で定型的な、ほとんど記号といっていい
「いわゆる名探偵」であり、そうでない名探偵が増えた現在では、
女性の名探偵は別に珍しいものではない。
そもそも、女性が男性と比べて理屈っぽくないのは、「女のくせに理屈こねやがって」という
理屈のよく分からない物言いがまかり通っていたという歴史のせいともいえるし、
女性の衒学趣味が薄いのも「女が教養つけてどうするんだ」という
無教養な物言いがまかり通っていたせいだともいえるわけで、
要するにセックスではなくジェンダーの差にすぎないのだ。
とすると、これから先は、理屈っぽくて衒学的な「いわゆる名探偵」の女性を書いても
違和感がなくなっていくのかもしれない。


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