星空の記念日

2016年12月24日 21:50

 そろそろ時間だというのに、息子たちは部屋にこもって出てこない。うちの子は2人とも「記念日」が大好きだったはずなのに、今年はどうしたことだろう。そっとしておいた方がいい気もしたが、「応答」の時間は世界共通、夜の7時9分から1時間、と決まっているし、どこの子供も、いや大人たちも皆、7時9分という特別なその時刻、ぴったりに「応答」をしたいと思っている。もしかしたら「応答」の開始時刻を待っているうちに2人して眠ってしまったのかもしれない、と思い、念のため子供部屋へ行くことにした。寝過ごしてしまっていたのに起こしてくれなかった、などということになれば、息子たちからは来年の「記念日」まで丸1年間、恨まれ続けるに決まっている。

「そろそろ『応答』が始まるよ。外に出なくていいのかい?」

 私が戸を開けると、息子たちはぱっと振り返り、満面の笑みを浮かべた。寝てしまったのかと思っていたがとんでもない。ばっちり起きて何やら工作をしている。それにこの笑みは、得意な時の笑みだ。

「何か作っていたのかい? でも、そろそろ終わりにしないと……」

 私が言うと、下の息子が笑い声を漏らし、兄と一緒に作っていたらしき工作物を見せてきた。

「これは……」

「どう?」下の息子が得意げに言った。

「部品を買ってきて作ったんだ」上の息子が得意げに言った。

 息子たちが作っていたのは、言ってみれば簡易式の拡声器だった。マイクで拾った声を増幅させ、円錐型のスピーカーから響かせる。

 私は驚き、笑いながら拍手し、息子たちの発明を褒めた。やはりうちの2人は、今年も間違いなくうちの2人だった。「記念日」が大好きなのだ。私は2人を抱きしめ、背中を叩いて言った。「さあ、外に出よう! 今年はよく晴れて、最高の星空だよ!」

 外に出た息子たちは、私が言った通りの星空に歓声をあげた。「記念日」の性格上、「応答」の時刻は晴れてよく星が見えるほどいいとされている。町中が照明を落とすから、この日だけはいつもとは別世界のように綺麗な星空が見えるのだ。興奮のあまり下の息子が拡声器のスイッチを入れて何か叫びかけ、上の息子に叱られている。「まだだよ。あわてんぼうめ」

「もうすぐだよ」

私は時計を見る。だが本当は見るまでもないのだ。世界中が笑顔で覆われるこの日には、行政庁の職員も夜まで残っていて、「応答」のカウントダウンを町に流してくれる。まもなく応答の時間です。準備はよろしいでしょうか、と音声が流れ、カウントダウンが始まった。

――3、2、1……応答!

私は星空の一点を見上げ、絶叫した。「おおおおおおおい」

下の息子が手製の拡声器で叫ぶ。「届いてるよおおおおおおおう」

上の息子も叫び、気がつくといつの間にか出てきていた妻も隣で叫んでいた。「ありがとおおおおおおう」

周囲の暗がりからも、うち同様に外に出て「応答」をする人々の叫びが次々と聞こえてくる。

――受け取ったぞおおおおおおう。

――聞こえてるかあああああああい。

――いつか会いにいくからなあああああああああ。

――待っててねええええええ。

とりわけ子供たちの声が元気よく響いている。なにしろ今日は、夜中に外で大声を出していい日なのだ。そして「応答」の声は大きければ大きいほどいいとされている。

息子たちも声を嗄らしながら叫んでいる。せっかく作った拡声器も使っているのかいないのか分からない。今、国中で同じような叫びが響いているはずだった。大都市のビル群で。田舎の畑の真ん中で。海上を航行する船の上で。

 

「記念日」のきっかけになる世界的事件が起こったのは、私が生まれる前のことだった。そして私が物心つく頃には、「記念日」の「応答」は世界中、ほとんどの国に定着していた。

 それを受け取ったのは、ある国の研究所に設置された電波受信機である。宇宙から飛来する様々な電波を観測していた受信機が突如、明らかに人工的なあるパターンの「信号」を受信したのだ。

 その日のうちにそれは発表され、世界中を賑わす大ニュースになった。なにしろ、宇宙から「人工的な信号」が届いたのである。つまり、異星人からのメッセージである。発表当初はその真偽を疑う声もあったが、世界的に権威のある研究所のことであったし、その受信機の受信情報はリアルタイムで世界中の研究所が共有していたから、疑う者はじきにいなくなった。

 宇宙から、まだ見ぬ彼方の星の住人から、我々に向けてのメッセージが届いた!

 それは衝撃であり、また希望だった。それが届くまでは、宇宙で文明を発達させた生命体は我々だけであり、「異星人」などというものはいない、という見方が支配的だったからだ。だが違った。我々人類は孤独ではないのだ!

 むろん、電波でのメッセージである。そして発信者は、光の速度でも数万年かかる距離にいることが分かっている。返信をしたとしても届くのは数万年後。実際に出会うことなど夢のまた夢だし、そもそもこのメッセージが我々に届いた時点で、発信者たちはきっと滅んでしまっている。それでも皆、喜びに沸いた。

 そしていつしか、この「記念日」の習慣が始まっていた。最初は科学者たちのお遊びのようなものだったらしいが、いつしかそれは世界的なものになっていた。メッセージが届いた「記念日」の、届いたその時刻に、発信された星の方向に向かって皆で叫んで「応答」するのである。それは感謝と友好のメッセージだった。遠い宇宙の彼方から、我々に呼びかけてくれてありがとう。いつかきっと、会いにいく。

 私と妻と息子たちと、近所の人たちみんなの声が星空に吸い込まれていく。もうしばらくすれば隣の国で「応答」が始まるだろう。一日かけて、「応答」の声はこの星をゆっくりと一周する。最初は研究所のあった国の時計に合わせるべき、という意見もあったが、話し合いの結果、それぞれの国の標準時に合わせることになった。やっぱり皆、星空に、その星の見える方に向かって「応答」したかったのである。

 今ではこの「記念日」を祝わない国はほとんどない。唯一と言っていい、世界共通のお祝いの日だった。そしてこの日だけは、世界中が少しだけ平和になるのだ。

 私は感謝を込め、星空に叫んだ。届いているよ。ありがとう。

 満天の星々を従え、この星の3つの衛星がひときわ眩しく輝いている。



 

 1974年11月16日、プエルトリコのアレシボ電波望遠鏡から、約24000光年先にあるヘラクレス座の球状星団M13に向け、1つのメッセージが発信された。


アレシボ・メッセージ

 

受け取った側がどんな文化・文明を持っていても解読できるように2進法を用いた簡単な暗号に変換されたこのメッセージには、1から10までの数字やヌクレオチドを構成する元素の原子番号、地球人の体の大きさや姿を描いた絵など、いくつかの情報が込められた。「アレシボ・メッセージ」と呼ばれたその信号はつまり、この広い宇宙のどこかにいるかもしれない地球外知的生命体に向けての、地球人の自己紹介なのである。

 壮大な計画だったが、しかしそれは事実上、ほとんど意味のないものではあった。電波でのメッセージがM13に届くのが約24000年後。返信が来たとしてもそれを受け取れるのは48000年後になってしまう。M13に地球外知的生命体がいるという可能性も低い。計画に関わったフランク・ドレイクやカール・セーガンら科学者も、そのことは充分に承知していた。アレシボ・メッセージはむしろ、地球の文明がそこまで進んだことを示す記念碑のようなものであった。

 だが同時に、それは祈りでもあった。ほとんどゼロに近い可能性。だがもしかしたら、いつの日かこの地球に、メッセージを受け取ってくれた隣人からの応答が届くかもしれない。地球人は孤独ではないのかもしれない。

 科学者たちは確かに祈っていた。

 どうか信じさせてください。

 このささやかなメッセージが、いつか誰かに届くことを。

 我々地球人が、この暗く冷たい無限の宇宙で、一人ぼっちではないことを。


 
「届いてるぞおおおおおおお」
 息子たちが元気に叫んでいる。今年の「応答」の時間が終わろうとしている。私もこの星に希望のメッセージをくれた、まだ見ぬ異星の友人のために、ひときわ大きく声をあげた。

「ひとりじゃないぞおおおおおおお」









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