ミステリーに不都合な真実

2012年10月23日 23:45

フィクションではけっこうあるけど現実にはありえないこと、というのがありまして、
ミステリーのプロットを作る時に頭を抱えることがあります。

たとえば。

 

「クロロホルムで眠らせる」

 

Wikipediaの記事を引用します。

 

クロロホルム自体は実際には多少吸引しても気を失うことはなく、せいぜい咳や吐き気、あるいは頭痛に襲われる程度である。しかし、クロロホルムが肌に触れると爛れを発生させ、一生消えることのないキズをおわせることにもなる。なおクロロホルムを相当量吸引すると気を失うこともあるが、その場合、腎不全を引き起こし、死に至らしめる可能性が高い。

 

実はこうなんです。

つまり現実には、布に染み込ませたクロロホルムを後ろからガバッ! とやって

被害者ががっくりと崩れ落ちる……などということはないのです。

また、クロロホルムは空気中に置いておくとどんどん変化してしまうので、

クロロホルムを染み込ませた布をぶらぶら下げて歩いていたら、

あっという間に使用不能になってしまうそうです。

それ以前に、クロロホルムは毒物および劇物取締法にいう「劇物」であり、

そこらへんの人が簡単に手に入れられるものではありません。

ネットなんかで「クロロホルムってどこで売ってますか?」とか

質問している人がいますが、無理ですから。

気持ちは分かります。こういうヤバい系のアイテムは思春期のハートをくすぐります。

でも、妄想だけにとどめておきましょう。

スタンガン持ち歩くとか、そういう系統の「痛い人」になっちゃいますから。

 

 

同様に、これもダメです。

 

「殴って気絶させる」

 

「映画じゃあるまいし、『殴って気絶させる』なんてことが簡単にできるとでも思っていたの? 人間は、怪我をしない程度の力で殴ってもそうそう失神しない。逆に確実に失神させられるような力で殴れば頭蓋骨折、下手をすれば即死よ」

 

……と、いうことをに書きました。

事情が事情のため、鴇先生は少し厳しめな言い方をしているはずですが、

現実にはこんな感じです。

後頭部をぶん殴られて失神(正確には「脳震盪による意識障害」で、失神とはちょっと違います)する人は
いますが、あれはボクシングなんかの「意識を刈り取る一撃」みたいなもので、

完全にラッキーパンチなのです。狙ってやれるものではありません。

仮にやれたとしても、倒れた相手をどこかに運んで細工をして、

などとやっている間に目覚めてしまうでしょう。

したがって、もし犯人が

「被害者を殴って気絶させておいて、その間に……」

という犯罪計画をたてていたら、

その犯人は最初から、幸運に頼った計画をたてていることになります。

ミステリーの国の住人がやっていいことではありません。

以前、担当編集者に「じゃあ、どうやって気絶させたらいいんですか?」と訊いたら、

「うーん……裸絞めで絞め落とすとか……」という回答が。

確かに現実的だけど美しくない。美しくないよう……。

 

 

さて、ここからが問題です。

それでは、計画的に殴って気絶させてるミステリはダメなのでしょうか?

 

一概にダメとは言えない気がします。

確かに、理屈からいえば、

「現実にありえないことを前提にして話を作っている」

ことになるので、ミステリーの常識に従うなら、これは減点要素です。

ですが、読み手の全員がそういう「現実」を知っているとは限りません。

読み手の半分が「こんなこと現実にはないよ」と知っていたとしても、

残りの半分がそのことを知らなかったとしたら、それは本当に減点要素でしょうか。

また、「知っている読み手」が必ずしも「現実にはないからダメ」と考えるかは分かりません。

「まあフィクションだからね」とか「一般的には知られてないことだしな」と、

許容してくれるかもしれないわけです。

同様に、「知らない方の読み手」が、

「こんなの殴って気絶させればいいのに。なんでそうしないの?」と

逆に首をかしげてしまう可能性だってあるわけです。

 

そうなると、「現実には不可能または困難だけど一般的には可能だと思われていること」を

登場人物にさせるかさせないかは、結局のところ書き手の裁量次第になるわけです。

「現実にできないことは一切やらせない」とストイックに頑張るか、

「一般的にOKと思われていることなら書いていいことにしよう」と許容するか。

これは単純にどちらかにするべき、というものではなく、

作品の雰囲気であったり、話の盛り上がりであったり、

そういったものを考慮してそのつど判断するべき問題、ということになります。

ミステリーを書く時に悩むところです。

 

 

でも誰か、ちょっと嗅がせるだけで人間をさっと気絶させられて、

それでいて毒物でも劇物でもなく家庭用洗剤とかから気軽に作れる薬物、

開発してくれないかなあ。

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