その日には罪人にワインを

2013年12月24日 18:01

 クリスマスの前の日、その町では1人の泥棒が消えた。

 

 その町は、クリスマスになると華やぐ町だった。

 クリスマスが近づくと、町の目抜き通りには毎年、華やかなイルミネーションが
用意された。街路樹が、電信柱が、通りに面した家々が、それぞれに電球をかけて
光の壁画を作り出した。赤い光の帽子、白い光の雪、金色の光の星々に、緑の光の
クリスマスツリー。通りには本物の大きなモミの木も現れ、クリスマスとその前の
日には、目抜き通りを行く人々に赤ワインとビスケットを振舞うサンタクロースが
現れた。町の人々はそれを見て、いつもよりほんわりした気持ちになった。

 

 その町には泥棒がいた。泥棒は臆病だったので、暴力や脅しで仕事をすることは
なく、もっぱら留守の家を狙って忍び込んでは、金や宝石を盗んでいた。泥棒はい
つも、俯いて歩いていた。こんな仕事をして金を稼いでいる自分はしょせんろくで
なしだと、恥じる気持ちがあった。だが、泥棒をやめたら、次の日からどうやって
暮らしていけばいいか分からなかった。だからクリスマスが近くなっても、泥棒は
泥棒のままだった。

 

 その町には少女がいた。少女は今年も、サンタクロースの役を大人たちに任され
ていた。商店街の皆で買ったワインボトルとコップ、それにビスケットの包みを満
載した袋を肩にかけ、目抜き通りを歩くのだ。彼女はもう
4年も前からその役を続け
ていた。人懐っこい笑顔で大人に愛される少女であったし、本人もこの役を楽しんで
いるようだった。ワインボトルを扱う手つきは慣れたもので、初めての年には重くて
休み休み運んでいた袋も、今では軽々と担ぎ上げている。

「気をつけて行ってらっしゃい」

「はい」

「あなたは飲んじゃ駄目よ?」

「分かってるよ。……行ってきます」

 少女は駆け出して角を曲がると、くくく、と笑って家の方に舌を出した。町の人
たちにワインをすすめると、「お嬢ちゃんもどうだい?」と言ってくれる人が必ず
いるのだ。だから彼女は
1年でこの日だけ、大っぴらにワインが飲める。実は、彼女
が毎年、サンタクロースの役を引き受けているのはこれが目当てだった。

少女は目抜き通りまで軽やかに駆けると、早速、前にいた老人によく通る声で話し
かけた。「メリークリスマス!」

 

 泥棒は金がなくて困っていた。最近は、家に金を置いておく人間が少なくなった。
宝石もあまり見つからなくなった。それに彼自身も衰えていた。若い頃のように、
屋根から屋根へ、雨どいからベランダへ、軽々と飛び移ることができなくなった。

潮時かもしれない、と泥棒は考えていた。足を洗ってまともな仕事を見つけるか、
警察に行って、しばらく厄介になるのはどうだろうか。

 しかし泥棒にはその決心がつかなかった。身についた暮らしがなかなか変えられ
ない泥棒は、その日も町を歩き、狙えそうな家を探していた。

 

 少女が道行く人に「メリークリスマス!」と声をかけているのを、若い男が見て
いた。そういえば、この子は去年も見たことがある。いや、もしかして一昨日もいた
のではなかったか。担いでいる袋にはワインが入っているはずだ。重そうなのによく
走る。うむ。よく見ると可愛い子だな。

 男が少女に見とれていると、それに気付いた少女が駆け寄ってきて、彼にワインを
すすめた。男はいきなり近くに来た少女にどぎまぎしながらコップに手を伸ばしたが、
遠慮して少女の手に触れないようにコップを取ろうとするあまり、手を滑らせてワイ
ンを派手にこぼしてしまった。雪の上に赤ワインが模様を作り、男の手にもワインが
かかった。慌てた少女はハンカチを出して、手を拭いてくれた。男は頭を下げる少女を
押しとどめ、残ったわずかなワインをあおって歩き出した。こぼしたのはついていな
いが、袖にはかかっていない。それに、可愛い子だったな。

 

 泥棒は町を歩き、次に狙う家を決めた。目抜き通りの1本裏に、老婆が1人で住んで
いる家がある。あそこの老婆は家こそ普通だが、若い頃に夫から贈ってもらった高価
な宝石を、まだ隠し持っているという噂だった。玄関前は人目があるが、隣の家のベ
ランダから、2階のベランダに乗り移ることはできそうだ。隣の家はフライドチキン屋
だから、クリスマスの間はにぎやかになるが、そのことはかえって都合がよさそうだっ
た。クリスマスには皆、目抜き通りに面している1階の店の方に気が向いていて、裏通
りに面している2階のベランダには注意がいかなくなる。店がにぎやかになれば、多少の
物音をたてても目立たずに済むだろう。

 

 若い男が去った後、同じ道を男の子が通った。習い事の帰り、すぐそこの店で買った
フライドチキンを手に歩く男の子は、積もった雪のさくさくという感触が楽しくて、わ
ざと道端を歩いていた。汚いから食べちゃ駄目だと言われているけど、積もる雪はシャー
ベットのようでおいしそうだ。

 下を見ながら歩いていた男の子の視界に、こぼれたワインで真っ赤になった雪が突然
現れた。血だ、と思った彼は驚いて足を滑らせ、雪の中に尻餅をついてしまった。その
拍子に、持っていた食べかけのフライドチキンが包み紙から飛び出し、ぽとりと雪の中に
落ちた。男の子が慌てて拾おうとすると、今度は横から、さっと黒猫が飛び出してきて、
3分の1ほど残ったそのチキンをくわえてしまった。男の子は大声をあげて猫を追いかけた
が、猫は全速力で駆け、男の子が歩いてきた方に消えてしまった。

 男の子はまだ残っていたフライドチキンを思って溜め息をついたが、それを見ていた
サンタクロース姿の少女にビスケットをもらい、家に着く頃にはもう、にこにこ顔になっ
ていた。

 

 泥棒は、老婆のことを調べた。老婆は2階建てのあの家に1人で住んでいた。敬虔な
クリスチャンで、クリスマスの前の日には夕方から、教会に行くはずだった。泥棒は
決めた。クリスマスの前の日の夕方。その時がチャンスだ。あの家には誰もいなくなる。

 

 フライドチキンを手に歩く男の子の後ろを、黒猫はさりげなくつけていた。黒猫は
お腹を空かせていた。虫もトカゲもいない季節だったし、雪のせいで真っ黒な自分は
目立ってしまい、鳥たちも捕まえられない。あのフライドチキンが欲しかった。

 目抜き通りのところで男の子が尻餅をつき、その脇にフライドチキンが落ちた。その
瞬間を期待していた黒猫はさっと駆け出し、フライドチキンをかすめ取って逃げた。

 その途端、尻餅をついていたはずの男の子が大声を上げて追いかけてきた。驚いた
黒猫は必死に走り、どこか高い所に逃げなければ、と思い、とっさに、そこにあった
柱のような何かに駆け上がった。

 だがそれは柱ではなく、フライドチキン屋の店先に置いてある、創業者のおじさんの
人形だった。人形は黒猫が飛びつくとぐらりと揺れ、派手な音をたてて倒れた。黒猫は
さっと飛び降りて難を逃れたが、その拍子にくわえていたフライドチキンを、道端の溝
に落としてしまった。

 黒猫はがっかりした。しかし、人形が倒れた音に驚いて、食べていたビスケットを落
としてしまったサンタクロース姿の少女が目にとまった。黒猫は少女に駆け寄り、落ち
たビスケットをくわえて逃げた。フライドチキンほどではないのだろうが、なかなかお
いしかった。

 

 泥棒は老婆の家に忍び込む準備をした。目立たない服装。手袋。ガラスを割る金槌。
準備を整えると泥棒は家を出て、散歩でもしているようにぶらぶらと歩いた。老婆は
すでに夕の祈りに出かけている時間だ。目抜き通りはにぎやかに華やいでいて、裏手の
路地に注意する者はいない。

 泥棒はほくそ笑んだ。あの婆さんの高価な宝石は、俺のものだ。

 

 人形が倒れた大きな音で、表に出てお客を呼んでいたフライドチキン屋の店長は飛び
上がった。黒猫を追い払って人形に駆け寄ったが、頭から思いきり倒れた人形は、ひどい
有り様だった。顔にひびが入り、頭の一部が欠け、町の人たちに親しまれている優しい
創業者の顔は、ぎょっとするようなむごい状態になってしまった。店長は溜め息をついた。
この顔は少々怖すぎる。夜中に1人で歩き出しそうではないか。こんなものは、お客さん
の目に入る所に置いておけない。

 しかし、お客さんでいっぱいの店に、人形を置いておける場所はなかった。店長は仕方
なく人形を抱えて裏に回り、自宅になっている
2階のベランダに置いておいた。ついてない
な、と思ったが、サンタクロース役の少女にワインをもらうと少し元気が出て、店長はまた、
よく通る声で呼び込みを始めた。

 

 泥棒は屋根をつたい、フライドチキン屋の屋根に辿り着いた。目抜き通りの喧騒を尻目に
2階のベランダを見下ろすと、予想通り、裏通りには全く人目がなかった。

 泥棒はにやりと笑い、ベランダに飛び降りた。そして、そこから老婆の家のベランダに
移ろうとしたところで、顔にひびが入り、頭の一部が欠けている恐ろしい顔をした人形に
出くわし、ひっ、と叫んで落ちた。


 


 

 夕方、少女は目抜き通りを出た。少し自分で飲みすぎて、ワインが残り少なくなって
しまった。かわりのボトルは家にまだあるから、さっと取ってまた通りに出よう。そう
考え、少女は家に戻ろうと、裏通りに入った。

 

 老婆の家の庭に仰向けに倒れ、藍色に染まり始めている夕空を見ながら、泥棒は考えて
いた。一体、今のは何だ。罠か。幻覚か。それとも、こんな日に泥棒をしている自分に、
神様が罰でも下したのだろうか。

 泥棒は起き上がった。雪の上に落ちたせいで大きな怪我はしていなかったが、立ち上が
ると足首が痛んだ。怪我をしている。これでは、治るまで仕事ができない。

 泥棒は庭から裏通りに出ると、老婆の家を振り返って苦笑いした。この怪我は、こんな
日に盗みをはたらこうとした自分への、神様の罰かもしれない。いや、それとも慈悲だろ
うか。クリスマスにまで盗みを働くのは、正直なところ、あまりいい気分ではなかった。

 泥棒は痛めた足を引きずりながら歩き出し、そこで、サンタクロースの恰好をした少女に
出くわし、ワインとビスケットをもらった。

 泥棒はワインを飲み、手の中のビスケットを見て苦笑いした。宝石は手に入らなかったが、
なぜかこんなものをもらった。これだって、そう悪くない。

 ワインを飲むと、体の中が、ぽ、と暖かくなった。泥棒はビスケットをかじりながら通りを
歩き、その間に考えていた。今なら警察に行って、自分の罪を洗いざらい話してしまっても、
別にいい気がする。前から、機会があったら足を洗おうと思っていたのだ。

泥棒は警察署を目指して角を曲がった。きっと、今日がその日だ。

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